「風にそよぐ草」 監督アラン・レネ  

2012年 01月 27日

「アメリカの伯父さん」「恋するシャンソン」などで知られるフランスの巨匠アラン・レネが描く、初老の男女の運命的な恋の物語。歯科医のマルグリットはある日、引ったくりにあいバッグを持ち去られてしまう。駐車場の片隅に捨てられたバッグを拾った初老の紳士ジョルジュは、その中にあったマルグリットの小型飛行機操縦免許の写真を見てなにかを感じる。そうして知り合った2人はすれ違いを繰り返しながらも恋に落ちていくが、その関係は周囲を巻き込んで思わぬ方向へ転がり始める。主演は近年のレネ作品の常連、アンドレ・デュソリエとサビーヌ・アゼマ。(映画comより)

ナンジャコリャ!でした。

 出だしは上々だったのです。雰囲気のいい映像に音楽にナレーションに、フランス映画って素敵だなあ~岩波映画はやっぱりいいなあ~とホクホクしながらシートに身を沈めていたのですが、、、、

 話の筋はこうです。ある日、初老の男ジョルジュは駐車場で赤い皮の財布を拾う。それは、引ったくられたバッグの中にあった歯科医マグリットのものだった。財布の中にあった小型操縦免許の写真を見て、ジョルジュは彼女に強いシンパシーを感じる。マグリットに会うことを断られたジョルジュは、彼女の家をつきとめ、ポストに手紙を入れたり、毎晩留守電にメッセージを残したり、果ては彼女の車をパンクさせたりする。

 ジョルジュの心の声も妄想も全部ナレーターによって語られます。彼の奇妙な発言や周囲の人の彼への接し方から、私はてっきり、ジョルジュは(恐らく銃による自殺未遂から)脳障害を起こしている状態、と思いました。

 やがて、彼と会うことを拒んでいたマグリットは自分からジョルジュに会いに行きます。ここで形勢はガラリと変わる。今度は、マグリットの様子がおかしくなっていきます。すわ、マグリットも脳に損傷か!

 いやあ、これは「恋」だったのですねえ。恋をしている状態の男女を、脳障害と思い込んでしまった自分に愕然とします。失業中の夫が少しでも元気になるならと、妻はジョルジュがマグリットに会うことを後押しさえするし、有能な歯科医として患者の尊敬を得ているマグリットの毎日も単調なもの。二人の抱える寂しさは良く伝わってきました。

 二人の切ない想いがようやく通じ合った時、ジョルジュのズボンのチャックが上がらなくなったり、大人の恋を89歳の監督は、滑稽に辛辣にシュールに描いてみせます。ラスト、コントロールを失った小型機にジョルジュの妻も同乗していたのは、熟年の恋は否応無しに家族を巻き込むという暗示なのでしょうか?

 “二度目のFin”の前の唐突な母娘の会話も全くの意味不明。「ママ、猫になれば、猫のご飯が食べられるの?」だったっけな。私には理解不能だったので、この映画は「不条理劇」の引き出しに入れて置くことにします。それにしても、熟年が恋に走れば端からは脳の異変に見える、ということを今回恐ろしく認識しました。原題は、「狂った草」、こちらの方がピタリと来ます。


@岩波ホール


★次回は、ジェフリー・ディーバーの「死の教訓」です。

# by cuckoo2006 | 2012-01-27 14:31 | 洋画 | Trackback | Comments(0)

「マザーズ」 金原ひとみ[著]  

2012年 01月 21日

内容(「BOOK」データベースより)
同じ保育園に子どもを預ける三人の若い母親たち―。家を出た夫と週末婚をつづけ、クスリに手を出しながらあやういバランスを保っている“作家のユカ”。密室育児に疲れ果て、乳児を虐待するようになる“主婦の涼子”。夫に心を残しながら、恋人の子を妊娠する“モデルの五月”。現代の母親が抱える孤独と焦燥、母であることの幸福を、作家がそのすべてを注いで描きだす、最高傑作長篇。


 ここ10年での衝撃度No.1でした。同じ保育園に子供を預ける三人の若い母親たちが、一人称で一章ずつ今の自分を語っていきます。内容紹介を見ると、わりとありがちな閉塞感の中にある母親達の話なのかなと思いましたが、これがもう深かった。生身の心へザクザク斬り込む文章に圧倒されました。

 出だしの先鋭的な感覚と表現に、若い作家とはやっぱり合わないな、とまずは思いました。作家のユカ、主婦の涼子、モデルの五月という三人三様のキャラクターが二廻りしたくらいから、話はぐんぐん濃くなっていきます。三人の女性とそれぞれの夫や母との組み合わせに、様々な場面の様々な感情が掬い取られていきます。そして、不倫、妊娠、虐待、薬物というぎりぎりの状況に追い詰められる中、彼女達の思いは命の叫びのように噴き出します。息苦しいほどの生々しさでした。

 ユカ、涼子、五月それぞれの中に自分を見つけたし、彼女達の夫の中に私の夫もいました。思わずページを捲る手が固まってしまったところも幾つか。一つ上げると、ユカの涼子への言葉、『過去に傷つけられたことを恨んだって、それを拒否しなかったのは自分自身。拒否しても殴られることも殺されることもなかったのだから、拒否しないことを選んだ自分の責任から逃げて、人のせいにしていては前に進むことはできない。』いやあ全くその通り。本の中から人差し指を突きつけられた気がしました。

 子供の誕生によって、あれほどぶつかり合いすれ違い遠い存在になっていった夫達。妻の心が壊れていくことに気づくことができなかった三人の夫達が、遂には破綻した妻を三人とも(広い意味で)見捨てなかったことには救われた思いがしました。

 それにしても20代のうちに苦しみの中からこれだけ自己を確立できれば三人の女性達はこれからしっかりと自分の人生を歩んでいけるでしょう。ある意味羨ましさを感じます。この本の中にある女性達の思いは、嘘ごとではなく確かにあるもの。金原ひとみさんの洞察力の深さに感服しました。


★次回は、映画「風にそよぐ草」です。

# by cuckoo2006 | 2012-01-21 22:16 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)

2011マイベスト5シネマ  

2012年 01月 05日

あけましておめでとうございます。
元日の地震には驚きましたが、皆さま良いお正月をお過ごしのことと思います。
さて、観た映画の数も記憶力も減るばかりですが、今年も昨年のマイベスト5シネマ発表といきましょう。
判断基準は、自分のツボに入ったかどうか、のみであります。

第1位 ステキな金縛り

第2位 ソーシャル・ネットワーク

第3位 クレアモントホテル

第4位 イリュージョニスト

第5位 探偵はBARにいる

思い出せない映画は思い出せないだけのモノ、ということにして、心に留まるナニカを残したこの5作品に決定です。
今年も気楽に気ままにブログを更新していけたらと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします♪

健康第一の良いお年でありますようにー

     お大師様から冬日が伸びて商売敵の草だんご

# by cuckoo2006 | 2012-01-05 00:33 | Trackback | Comments(1)

「ニューイヤーズ・イブ」監督ゲイリー・マーシャル  

2011年 12月 31日

ストーリー
「プリティ・ウーマン」のゲイリー・マーシャル監督が、「バレンタインデー」(2010)に続いて描くオールスターキャストの恋愛群像劇。大みそかのニューヨークを舞台に、死期が迫った老人と看護師の交流、1年前に出会った女性が忘れられない男、偶然再会した元カップルなど8組の男女の姿が描かれる。「バレンタインデー」のアシュトン・カッチャー、ジェシカ・ビールをはじめ、ハル・ベリー、ジョン・ボン・ジョビ、アビゲイル・ブレスリン、ロバート・デ・ニーロらが出演。(映画comより)

 
 大晦日のニューヨークを舞台に、それぞれの場所で繰り広げられる愛のドラマ。何だか同じような映画を続けて観てしまいましたが、味付けはまるで違います。こちらは完全なハリウッドカラー。オシャレで煌びやかで豪華キャストによる飛び切り贅沢なこしらえです。

 黒いゴミ袋が積んである街角や横断歩道を足早に渡るニューヨーカーなど眺めてるだけで楽しいし、ニューイヤーへの“ボールドロップ”のカウントダウンイベントの様子も初めて間近に眺めました。これがニューヨーク版・除夜の鐘に初詣というわけなんですね。

 何組かの男女が交錯してドラマは展開します。去年の大晦日に一年後の再会を約束した男性の相手は、ハテどちらの女性か?の仕掛けなど巧く出来てます。センスの良いと会話とムードと音楽で、充分楽しめてしまうのですが、お話はどれもかなりのステレオタイプ。残念ながら印象に残るものはほとんどありません。

 一番ほのぼのしたエピソードは、産科病院での話。新年初に産まれるベビーの賞金を目当てに二組の夫婦が、火花を散らします。逆立ちしたりアンチョビを食べたり激戦の末、やがて両家に赤ちゃんが誕生する。男児を得た初産の夫婦は、相手方が三人目の女の子で、どうもウチより賞金が必要そうと思ったのか、出産時間を1分譲ってしまう。無事に産まれてしまえばもう賞金などどうでもよくなってしまったダンナ達が実にいい表情でした。

 「クリスマスのその夜に」と本作とどちらか一つ見るとすれば、やっぱり断然こちらでしょう。最後にロバート・デ・ニーロも悪ノリしてるNG集までついて文句なく楽しめます。でも観終わって一週間経ち、心に残っているのは、華やかなニューヨークより、コソボ出身の夫婦が見たノルウェーのオーロラに、軍配ですね。

@TOHOシネマズ西新井

★次回は、2011マイベスト5シネマです♪

        ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 早いもので、永年住み慣れた練馬からここ西新井に来て4度目のお正月になります。嬉しいことに私にも少しずつお知り合いが増え、先日地元の友人達と忘年会ランチをしました。いつものように楽しいお喋りは途切れることがありませんが、例の「これから30年間に30%の確率で起こる巨大地震」の話題になり、一同暗くなりました。すると誰かが「でもこれから30年間に私達が病気になって死ぬ確率って100%よね」と言い出し大笑い。ホント、地震より他の心配しろ、ですよね。それでもそれでも、来年が平穏無事な年であることを祈らずにはおれません。どうぞ皆様にも新しい年が健やかで良い一年でありますように。今年も「気ままな読書ノート」をお読みくださりありがとうございました。

      地球と日本と我が家の無事を拝むベランダ初日の出

# by cuckoo2006 | 2011-12-31 13:46 | 洋画 | Trackback | Comments(0)

「クリスマスのその夜に」監督ベント・ハーメル  

2011年 12月 23日

ストーリー
「ホルテンさんのはじめての冒険」「キッチン・ストーリー」のベント・ハーメル監督が、クリスマスの夜に大切な人との時間を求めて懸命に生きる人々の複数のエピソードを交錯させて描く群像劇。イブを迎えたノルウェーの小さな町で、結婚に破たんした男がサンタに変装し、かつての我が家にもぐりこむ。男の友人の医師は2度と故郷に戻れないというコソボ出身のカップルの赤ちゃんを取り上げ、ある少年はご馳走を囲む家族よりもクリスマスを祝わないイスラム教徒の女の子と時をともにする。(映画.comより)

 この映画は観終わったあと、スクリーンの夢の世界から現実へ引き戻される感覚を味わわずに済みます。なぜなら、スクリーンの中も薄らサビシイ日常そのものだから。イブの夜、ノルウェーの小さな町に住む人々が織り成す同時進行のドラマです。

 雪に閉ざされた窓の中、大人も子供もいつもとさして変わらぬ様子でクリスマスの日を過ごしています。おしゃれな雰囲気も会話もなく、ぼそぼそと時計の針は進んでゆく。期待するほど楽しいことも起りそうにないクリスマスに、身に覚えがあるような特別な日の居心地悪さも伝わってきます。

 地味めのお話が並ぶ中、私の好きだったエピソードは二つ。一つ目は、妻から離婚された男が、妻と子供のいる元の家にサンタになって入り込む話。この父親、妻と新恋人への嫉妬から妄想を広げ、かなり危険な状態でした。どうしてもイブに子供達に会いたい彼は、荒っぽい手口で、サンタの姿になって妻の新恋人と入れ替わる。妻も子供達もサンタがパパであることに全く気づきません。プレゼントを渡した彼は、子供達を抱きしめるだけで、おとなしく家を後にします。あんなにアブナイ奴だったのに。マスクの下の目を涙でふくらませていた彼は、もう二度とここへは戻れないことを悟ったのかも知れません。

 もう一つのエピソードは、パーティのご馳走が並ぶ我が家へ帰りたくない少年が、イスラム教徒の少女と夜空を眺めて過ごす話。少年が家に戻りたくない理由は語られませんが、上級生の少女は彼の気持ちを察します。少女のまなざしや微笑み、そして彼女の父親の声音は何とも温かいものでした。少年は、少女のアパートの屋上に今夜の自分の居場所を見つけたのでしょう。

 “グ・ユール”というのがノルウェー語で、Merry Christmas!なのですね。短く声を掛け合う、“グ・ユール”の響きが心暖か。暗く静かな北欧の冬の澄み切った星やオーロラも心に残ります。映画館の外にも薄らサムイ風が吹き抜けていましたが、ちょっぴりやさしい気持ちで駅に向かいました。


@ヒューマントラストシネマ有楽町

# by cuckoo2006 | 2011-12-23 16:31 | 洋画 | Trackback | Comments(0)

「空飛ぶタイヤ」上・下 池井戸潤[著]  

2011年 12月 11日

走行中のトレーラーのタイヤが外れて歩行者の母子を直撃した。ホープ自動車が出した「運送会社の整備不良」の結論に納得できない運送会社社長の赤松徳郎。真相を追及する赤松の前を塞ぐ大企業の論理。家族も周囲から孤立し、会社の経営も危機的状況下、絶望しかけた赤松に記者・榎本が驚愕の事実をもたらす。(文庫本裏表紙より)

 モチーフとなった事件のことを鮮明に覚えています。脱輪したタイヤが直撃し死亡した被害者は幼な子二人を連れた母親でした。私のような中高年ならいざ知らず、20代の人が逃げられなかったのは、小さな子二人を庇って動きが取れなかったのだろうなあと、記事を読みながらタイヤがスローモーションで迫って来る映像が浮かんできました。痛まし過ぎる事故でした。

 しかし、その事故は、不幸にして起きた事故から、大企業による組織ぐるみの刑事事件へと真相が明らかになります。まるでノンフィクションを読んでいるようにのめり込みました。事故原因は、あくまでトラックの整備不良で処理しようとするホープ自動車に、整備点検内容に自信を持つ赤松運送社長は納得がいかない。事故原因を独自に突き止めようと事故車両の部品の返却を求めるのですが、巨大企業の扉は開かれません。そして、取引銀行のホープ銀行も非情な手段で赤松運送を追い詰めてきます。

 “ホープにあらざれば人にあらず”とでもいう財閥系企業のエリート意識は慢心を生み、会社の利益、部署の保身が第一、という論理がまかり通っています。そこに人の命の重さはない。読んでるうちにカーッと頭に血が上ってきます。と同時に、巨大グループ企業内のそれぞれの立場の思惑や力関係の生々しい描写に、まるでそこにいるように引き込まれました。おとうさんたちは大変だ・・・

 大企業は人の気持が解らないエゴイスト、中小企業は人情と情熱がある、と多分に図式的なのですが、その中に心が揺れもがいている人々がいて感情移入できます。事件真相解明の糸口となったのは、揃って職人気質のプライドから、過去の事故の核心となる証拠を保存していた人達でした。最後の著者紹介を眺めていたら三菱銀行勤務の経歴が飛び込んできました。臨場感があるはずですね。


★次回は、映画「クリスマスのその夜に」です。

# by cuckoo2006 | 2011-12-11 21:31 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)

「ステキな金縛り」 監督三谷幸喜  

2011年 11月 27日

ストーリー
「ザ・マジックアワー」の三谷幸喜監督が同作以来3年ぶりにメガホンをとり、法廷サスペンスやファンタジーの要素も盛り込んで送り出すオリジナル長編コメディ。三流弁護士のエミが、担当する殺人事件の弁護のため、被告人のアリバイを唯一証明できる落ち武者の幽霊・更科六兵衛を法廷に引っ張り出そうと奮闘する姿を描く。主演は深津絵里、西田敏行。共演に竹内結子、浅野忠信、篠原涼子、佐藤浩市ら豪華キャストが集う。
(映画.comより)


 久々に、映画を観終わってシアワセな気持ちになりました。今年の暫定マイベスト1です。三谷作品と言えば、奇想天外な世界。これは、ハマると幸せになり、ハマれないと腹が立ちます。私の場合は、前々作の 「THE有頂天ホテル」が前者で、前作の「ザ・マジックアワー」 が後者でした。今回は、やりましたねえ。作品全体が見事に嵌りました。

 一番ハマってたのは、何と言っても落ち武者役の西田敏行です。被告人のアリバイを証明する唯一の証人として、落ち武者の幽霊は法廷へやって来ます。エリート検事(中井貴一)は証言の信憑性を否定するため、証人を信用出来ない人物と決めつける。彼は密かに敵と通じた罪で切腹させられた裏切り者であると。半泣きになった落ち武者は「グ、グヤジイ」と弁護士エミ(深津絵里)に縋りつきます。何しろその無念のために成仏できないのですから。もうこのシーンの西田敏行の可愛らしさったらありませんでした。

 法廷でのエミのボス(阿部寛)のタップダンス、死後の世界の公安局員(小日向文世)こだわりの映画「スミス都へ行く」など、オシャレな小ネタもたっぷり。チョイ役で次々に登場する豪華キャストも皆出ることを楽しんでる雰囲気が伝わってきます。中井貴一が、死んだ愛犬のラブラドールと再会し、道路に飛び出したことを優しく叱るシーンが私は一番好きでした。

 そのほか、心地よーく役に嵌っていたエミの恋人役のTKO木下隆行、エミの父親役の草彅剛、郷土史家の浅野忠信が、胸をホカホカさせてくれました。特に、TKO木下のつぶらな瞳、良かったなあ。

 エンドロールでは、スナップ写真が捲られ、エミ達のこれからの姿が映し出されます。ここで幸せ感は頂点に達し、にこにこ顔のまま映画館を出て来ました。


@TOHOシネマズ西新井


★次回は、池井戸潤の「空飛ぶタイヤ」です。

# by cuckoo2006 | 2011-11-27 11:39 | 邦画 | Trackback | Comments(0)

「そろそろ旅に」 松井今朝子[著]  

2011年 11月 21日

内容(「BOOK」データベースより)
のちに十返舎一九の名で「東海道中膝栗毛」を著し、一大旋風を巻き起こす重田与七郎の若き日々。故郷駿府を出て大坂、江戸へ―。行く手の定まらない男が、行きつ戻りつ、旅の途中で見つけた己れの進む道とは。直木賞作家、渾身の長編小説。


  時代小説はどうも苦手なのですが、この本は私と一才違いの女性作家によるもの。そう思うとグンととっつき良く読み易かった。ご存じ「東海道中膝栗毛」を書いた十返舎一九の若き日々が描かれます。

 万事につけ鷹揚で度胸が据わり、人当たり良く優しい。お気楽でだらしないのだが、不思議と周囲の人の心にするりと入ってしまい、女達からは放って置かれない。だいたいこんな一九の人物像なのですが、作者は何を頼りに一九の人となりを仕立てたのでしょうか。

 エピローグの中の一文、『だれのことも何かと貶した馬琴が、どうしたわけか一九のことだけはあまり悪く書かなかった』を読んでナルホドと思いました。つまり、同時代に活躍した作家の中で一番長生きし、仲間を評する書物を残した宝井馬琴(南総里見八犬伝・著)が、 “唯一、一九のことだけ悪く書かなかった”、この一つの事実から、十返舎一九という歴史上の人物に血を通わせ表情を与えた、というわけですよね。史実も調べた上のことでしょうが、作家の想像力って凄いものです。

 当の馬琴はというと、悪女の後家に婿入りした身の不運を嘆きながらも子沢山の子煩悩。一九に文献について質問などされると喜び勇んで博識を披露します。また生意気盛りの式亭三馬(浮世床・著)も登場し、一九と連れ立って雑俳の会に出掛けたりする。皆それぞれが後世に残る代表作を発表する前の、焦ったり悔しがったり喜んだりする姿が生き生きと描かれます。

 私が一番心を引かれたのは、一九の抱える心の闇でした。目の前の人と話している時でさえ心がふと旅に出てしまう、そんな一九の胸の奥底にあるもの・・・それは、武士出身である一九が幼い頃から一緒にいる家来の太吉の存在が大きく関わっていました。最後に謎が明かされる太吉とのやり取りが、一九の心のあり様、生き様をリアルに肉付けしています。

 二度の婿入りを離縁した一九ですが、夫婦がもう元に戻れないと察した時に、穏やかさと親しさを再び感じ合う描写など沁みました。二人の妻ともが一九が旅立つことを許してしまいます。心に深い闇を抱えた一九が、抱腹絶倒の弥二喜多道中をものにし、馬鹿馬鹿しさなら天下一品、と言われたのも面白く切ないものですね。

 ところで、私は毎日、松井今朝子さんのブログ「今朝子の晩ごはん」 を読んでます。震災の時には情報と意見を発信しつづけ、今は首相を“ブースカ”と呼びやっつけてくれてます。そんなわけで、なんだか知ってる人が書いた小説を読んでるような感覚を味わいました。(「快獣ブースカ」とは我々が子供の時の円谷プロによる人気アニメ)

 最後に十返舎一九辞世の句をご紹介、

この世をば どりゃお暇(いとま)に 線香の 煙とともに 灰(はい)左様なら


★次回は、映画「ステキな金縛り」です。

# by cuckoo2006 | 2011-11-21 20:21 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)

「死神の精度」 伊坂幸太郎[著]  

2011年 11月 04日

①CDショップに入りびたり
②苗字が町や市の名前であり
③受け答えが微妙にずれていて
④素手で他人に触ろうとしない
──そんな人物が身近に現れたら、死神かもしれません。1週間の調査ののち、対象者の死に可否の判断をくだし、翌8日目に死は実行される。クールでどこか奇妙な死神・千葉が出会う6つの人生。
(文庫本裏表紙より)


 
 一話ずつのオムニバス。最初がずいぶん軽めのお話だったので、あ、伊坂さん手を抜いてるな、と思ってしまった。が、その後すぐに、いつものようにキレと余韻のある伊坂ワールドが展開していきます。

 死神・千葉の仕事は、担当を命じられた対象者の死に関して、可あるいは見送りの判断を下すこと。調査期間は一週間です。人間のふりをして任務に当たるのですが、実際には人間の感情は持ち合わせていません。味覚もなく痛みも感じず睡眠を取る必要もない。でもそこは怪しまれないように、殴られれば痛いふりをしたり、恐いふりをして見せるわけです。

 感情がないということは、しがらみもこだわりもなく、あらゆるものに対して恐怖を感じることがないのですね。恐怖という感覚がないと、こんなにもシンプルに生きられるのかと思わず死神が羨ましくなります。もちろん、彼は愛も感じることはないのですが、死神・千葉は何とも愛すべきキャラクターなのです。「人間って変な生き物だなあ」といつも呆れている死神・千葉が爽快でした。

 千葉に恐怖の感情がないので、死も自然なもののように描かれます。胸が塞がるような悲惨な状況にいる対象者も登場します。でも、あ、そうか彼もあと何日かで死んじゃうんだ、と不思議にこちらも救われる気持になります。

 最初、軽めに流した、と思っていた話もちゃんと最後に繋がる憎い演出。そしてそれ以上に見事と思ったのは、死神・千葉の仕事も終焉を迎えたと暗示させる描写でした。千葉さんも救われたのだなあ、と。読み終ってみれば、この本、伊坂さんの中で一番好みかもしれません。初めて伊坂幸太郎を読む方へ、最初の一冊にお薦めです。


★次回は、松井今朝子の「そろそろ旅に」です。

# by cuckoo2006 | 2011-11-04 15:31 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)

「ひそやかな花園」 角田光代[著]  

2011年 10月 23日

内容紹介
幼い頃、毎年サマーキャンプで一緒に過ごしていた7人。
輝く夏の思い出は誰にとっても大切な記憶だった。
しかし、いつしか彼らは疑問を抱くようになる。
「あの集まりはいったい何だったのか?」
別々の人生を歩んでいた彼らに、突如突きつけられた衝撃の事実。
大人たちの〈秘密〉を知った彼らは、自分という森を彷徨い始める――。
 親と子、夫婦、家族でいることの意味を根源から問いかける、
角田光代の新たな代表作誕生。


 「対岸の彼女」、「八日目の蝉」に続いて3冊目の角田光代さん。寝床読書二晩で読了しました。 やっぱり読ませますねえ。

 沙有美は、子供の頃、毎年サマーキャンプで過ごした夏の数日間のことを繰り返し思い出して来た。自然の中、何組かの家族が集い、年の近い子供達がいた。それは彼女にとって完璧に幸せな時間として記憶されていた。しかし、ある年を境にその集まりはなくなり、想い出に繋がるものは何もない。母親もそんなところに行ったことはないと言う。沙有美もあの夏の日々が自分の空想の中のことのようにも思えてくるのだった・・・これが物語のプロローグです。

 続いて、沙有美の記憶の中の“小さな子供だった”人物が次々にキャンプの思い出を語ります。あの夏の日々が自分にとってどんなものだったのか、そして、突然集まりが中止されてから自分達家族に何が起こったのかを・・・・・

 子供達にとって、なぜサマーキャンプがそんなにも楽しかったのか、それは良く解りました。母親が幸せそうにはしゃいでいるだけで、小さな子供は天にも昇る心地なのですよね。母親達が不安から解放され、そこでだけ見せる華やいだ様子が、サマーキャンプを子供達の記憶の中で特別なものにしたのでしょう。そう考えると切ない。若かった父親達が抱え込んだ苦しさも想像できました。

 サマーキャンプのメンバー男女7人が、真実を受け止めたことにより、それぞれの方向へ歩み出します。 仲間に劣等感を抱いてきた沙有美が語るエピローグは、彼女の確かな成長を応援したかった。少々突飛な舞台設定でも、登場人物達は今を生きていて心情に共感できます。物語を無理なく動かしていく、相変わらず安定度抜群の角田さんでした。


★次回は、伊坂幸太郎の「死神の精度」です。

# by cuckoo2006 | 2011-10-23 15:41 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)

「ゴーストライター」 監督ロマン・ポランスキー  

2011年 10月 19日

ストーリー:元英国首相アダム・ラングの自伝執筆を依頼されたゴーストライターが、ラングの滞在する孤島を訪問。取材をしながら原稿を書き進めていくが、次第にラングの過去に違和感を抱き始める。さらには前任者の不可解な死のナゾに行き当たり、独自に調査を進めていくが、やがて国家を揺るがす恐ろしい秘密に触れてしまう。「チャイナタウン」「戦場のピアニスト」のロマン・ポランスキー監督が描く本格サスペンスで、第60回ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀監督賞)を受賞。ユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナンらが共演。
キャスト: ユアン・マクレガー、ピアース・ブロスナン、キム・キャトラル、オリビア・ウィリアムズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・ハットン、ジョン・バーンサル、デビッド・リントール、ロバート・パフ、イーライ・ウォラック
(映画.comより)

 週刊文春の「シネマチャート」で、めったに出ないジャッジするほぼ5人全員が★5つつけた作品。これは観逃せぬと上映館へ出かけました。しかし、プロがこぞって絶賛というのは、かなりクオリティの高い作品なのですね。張り巡らされた伏線は一瞬だけ見せられ、テンポ良い展開にまどろっこしい説明は一切なし。飲み込みの悪いオバサンは苦戦しました。

 元イギリス首相の自伝執筆を依頼されたゴーストライター(劇中での名前なし)は、気乗りしないまま高額の報酬につられ、元首相が滞在する孤島へ出かける。ゴーストライターは、孤島の瀟洒な屋敷で、元首相と妻、女性秘書らと会い取材を始める。この自伝執筆の前任者は、首相補佐官を務めた人物だったが、執筆中に事故死している。ゴーストライターは、取材を進めるうち、元首相の話に小さな矛盾を感じ、また前任者の死に疑問を抱く。彼は孤島の中で密かに調査を始める。そんな中、イスラム過激派の拷問に加担した容疑で、元首相に捜査の手が伸びる。やがてゴーストライターは、前任者が書き残した自伝の中に残した驚くべきメッセージを読みとる・・・・・

 ネタバレアリのブログを見つけて何とか頭の中を整理できたのですが、まだ霞みは晴れません。前任者の元補佐官は、元首相の意思のもとに伝記にメッセージを残したのですよね。でも、それを公にすることは不可能なので、そのメッセージを誰に伝えようとしたのか。次のゴーストライターに、なのでしょうか。元首相にとっては、それは明かしたくない最大の秘密と思うのですが、それ以上に、組織と、ある人物に一矢報いたかった、という訳なのでしょうか、、、核心の部分に靄がかかったままです。

 ラストシーンの見せ方も最高の恰好良さです。でもこの時には私の頭の中は疑問符でもう満杯。筋に乗り遅れると一級品の雰囲気も楽しめないものですね。そんなわけでロマン・ポランスキー監督に歯が立たちませんでした。ザンネン。


@ヒューマントラストシネマ有楽町


★次回は、角田光代の「ひそやかな花園」です。.

# by cuckoo2006 | 2011-10-19 00:37 | 洋画 | Trackback | Comments(0)

「最終目的地」 ピーター・キャメロン[著]  

2011年 10月 05日

内容(「BOOK」データベースより)
南米ウルグアイの人里離れた邸宅に暮らす、自殺した作家の妻、作家の愛人と小さな娘、作家の兄とその恋人である青年。ナチスの迫害を逃れてきた先代が、ドイツ風の屋敷をたてたこの場所で、人生を断念したかのように静かな暮らしが営まれていた。そこへ突然、作家の伝記を書こうというアメリカの大学院生がやってくる。思いがけない波紋がよびさます、封印した記憶、あきらめたはずの愛―。全篇にちりばめられたユーモアと陰翳に富む人物像、それぞれの人生を肯定する作者のまなざしが、深く暖かな読後感をもたらす。英国古典小説の味わいをもつ、アメリカの傑作小説。


 2年前の新聞の書評欄の切り抜きがひょっこり出てきて、予約待ちゼロで図書館から借りられました。2009年発刊です。

 やはり書評を切り抜いた(随分忘れていたが)だけのことはあって自分好みでした。ミステリー要素ナシでこれだけの長編をぐいぐい読ませるのは作者の筆の巧みさでしょう。登場人物の一人一人がクリアな輪郭で浮かび上がってきます。
 
 一作の小説を世に出した作家の伝記執筆の公認を得るため、アメリカの大学院生は三名の遺言執行者の説得のためウルグアイへ向かう。この伝記には彼の将来がかかっていた。彼を迎えた遺言執行者の三名とは、作家の妻と、愛人と、作家の兄。妻と、愛人と小さな娘は、同じ屋敷の別棟で暮し、作家の兄は、若いパートナーの男性と少し離れた住居にいる。大学院生には、ウルグアイ行きを彼に強く薦めた年上のガールフレンドがいる。

 これが物語を構成する登場人物です。作家の妻と愛人は、互いを認め合い不思議な均衡関係を保っています。また、作家の年老いた兄と若いパートナーも小さな摩擦を生じながらも優しく労りあっている。そこへ、愚かしいほどの純粋さ、正直さを持った大学院生が現れることにより、危ういバランスを保っていた彼等の関係が変化していきます。めったにない来客に心浮き立つ者、その反対に固く心を閉ざす者、三者三様の反応を見せます。

 たくさんの会話体の中に、穏やかで慎ましい人々の本音が顔を出します。妻と愛人の互いに対する辛辣な評価など、そりゃあ、そうだろう、と納得。そもそも、なんで妻と愛人が作家の死後も(死ぬ前だって)一緒にいるのか?その理由もやがては明らかになり、彼等の過去も語られていきます。大学院生の子供のような無防備さが、皆の口を自然に開かせてしまうのでしょう。

 伝記執筆へそれぞれの思惑がぶつかり合い、仕舞い込んでいた作家への思いも溢れ出します。そしてまた、彼等の運命も動き出す。私は、結構嫌な女だった「妻」に多く感情移入するところがありました。その彼女が大きく歩み出したことに心が晴れました。幾つかの恋愛関係が描かれますが、印象に残ったのは、「自分が自分でいられること」が人間関係のキーだという大学院生の言葉。これも我が意を得たりでした。

 この本は映画化され、一番好感が持てた作家の兄役がアンソニー・ホプキンス、これはイメージピッタリ。その恋人役は、真田広之だったそうでこちらはピンときません。その恋人の青年が、大学院生とガールフレンド(彼女もウルグアイに現れる)を空港へ送る際、二人から彼の期待していたような態度や言葉が示されず、失望して帰途につく心理描写など、覚えのある切なさが染みました。そう、誰もがどこか思い当たるようなたくさんの感情が掬いとられています。共感できました。

 それにしても、もし大学院生がウルグアイを訪れていなかったら、と考えるとゾッとしますね。彼の出現が、結果的にすべての人に良い結果をもたらした。そして、彼自身の最終目的地も変更されたのでした。


★次回は、映画「ゴーストライター」です。

# by cuckoo2006 | 2011-10-05 15:28 | 本(外国のもの) | Trackback | Comments(0)

「探偵はBARにいる」 監督橋本一  

2011年 09月 28日

ストーリー:作家・東直己のデビュー作「探偵はバーにいる」を1作目とする「ススキノ探偵シリーズ」の第2作「バーにかかってきた電話」を映画化。札幌の歓楽街ススキノで活躍する探偵のもとに、コンドウキョウコと名乗るナゾの女から「ある男に会い、彼にひとつ質問してほしい」という依頼が舞い込む。簡単な依頼のはずが、探偵はその直後に命を狙われ、不可解な事件に巻き込まれていく。主人公の探偵に大泉洋、相棒に松田龍平。そのほか小雪、西田敏行らが共演。  キャスト:大泉洋、松田龍平、小雪、西田敏行、マギー、榊英雄、本宮泰風、安藤玉恵、新谷真弓、街田しおん、桝田徳寿、野村周平、カルメン・マキ、中村育二、阿知波悟美、田口トモロヲ、波岡一喜、有薗芳記、竹下景子、石橋蓮司、松重豊、高嶋政伸(映画.comより)

 フィリップ・マーロウを引きずって観ましたが、大泉マーロウもなかなか良い感じ。雰囲気のある映画でした。好みです。

 舞台は、札幌ススキノ。ケータイを持たない探偵(劇中での名前はナシ・大泉洋)は、名刺に根城にしているバーの電話番号を印刷しています。小雪のちらつく歓楽街の裏通りは日本じゃないようなちょっとした異空間。その一角にある小さなバーの電話から、探偵に一本の仕事の依頼が入ります・・・・
 
 探偵とアルバイト助手(松田龍平)が毎夜トントンと階段を下りていくこの地下バーが、国籍・時代共に不詳のいいムード。カウンターの探偵の前に、バーテンダーが優雅な所作で時代がかった黒電話を差し出します。それから、毎朝探偵がナポリタンを食べる喫茶店や、助手のいる農学部研究室、そして謎めいたマダム(小雪)が経営する高級クラブなど、どこか懐かしいような洒落た雰囲気が楽しめます。

 筋立てもいい具合に入り組み、私も探偵と一緒にすっかり騙されました。ほー、そう来たか、という結末です。ラストシーンは、クラーク博士が空へ右手を掲げる羊ヶ丘展望台。冬は、向こうに見える札幌ドームから一面の雪景色になるのですね。新緑の頃、銅像の前で写真を取って、ここから北大のポプラ並木に向かったことを思い出しました。北海道が舞台というのがこの映画の大きな魅力でしょう。

 それにしても、めちゃくちゃに痛めつけられるところ、依頼人を守り切る美学、そして小道具としての酒など、やっぱり、ハードボイルドの教科書はフィリップ・マーロウなんだなぁと、ちょっと嬉しくなりました。


@TOHOシネマズ西新井


★次回は、ピーター・キャメロンの「最終目的地」です。

# by cuckoo2006 | 2011-09-28 17:32 | 邦画 | Trackback | Comments(2)

「ロング・グッドバイ」レイモンド・チャンドラー[著]村上春樹[訳]  

2011年 09月 16日

私立探偵フィリップ・マーロウは、億万長者の娘シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合う。あり余る富に囲まれていながら、男はどこか暗い蔭を宿していた。何度か会って杯を重ねるうち、互いに友情を覚えはじめた二人。しかし、やがてレノックスは妻殺しの容疑をかけられ自殺を遂げてしまう。が、その裏には哀しくも奥深い真相が隠されていた……村上春樹の新訳で話題を呼んだ新時代の『長いお別れ』が文庫版で登場。(文庫本裏表紙より)

 
 モチロン、訳者の村上春樹に惹かれて読みました。村上氏が、これまでの人生で出逢った最も重要な三冊の本。それは、フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」とドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」、そしてこの「ロング・グッドバイ」だそうです。

 「グレート・ギャツビー」と「ロング・グッドバイ」を幸せなことに村上訳で読むことができました。あとの一冊「カラマーゾフの兄弟」を読む根性は、もう私には無さそう。でも、もしこの先、村上氏が「カラマーゾフの兄弟」を翻訳する根性を発揮したら、その時はまた考えることにしましょう。

 さて、フィリップ・マーロウですが、かの有名な「タフでなければ生きられない、優しくなければ生きる資格がない」って彼のセリフ(別の本の中でですが)だったのですねえ。約束とも言えぬような約束を守るため得体の知れない敵に挑み、徹底的に痛めつけられても怯まず一人戦い続ける。格好良さの原点のような男です。生きる美学に名言に酒の銘柄、ファッションまで、マーロウは、ずっーとハードボイルドのヒーロー達のお手本になってきたのでしょう。そう言えば「探偵はBARにいる」の大泉洋もギムレット飲んでましたっけ。

 舞台は、1950年代、アメリカ。億万長者を父に持つ妻殺害の疑いをかけられ自殺する夫、マーロウは友人である夫の犯行に疑問を抱く。やがてマーロウの前に現れる流行作家ととびきり美しい妻、この上流階級の二組の夫婦が縺れ合うように抱える深い闇。マーロウは彼等に翻弄されながらも大胆さと緻密さを持って真相に近づいていきます。人々の心に戦争の傷跡がまだ残り、独特の退廃的かつ洗練されたムードの中、酒と会話にじっくり浸りながら物語は進んで行きます。

 この「ロング・グッドバイ」、村上氏の小説に影響与えてるなあ、とあっちこっちで嬉しい発見がありました。村上作品には、主人公・「僕」の日常生活の描写が良く見られます。『僕は、顔を洗い髭をあたり、パンにバターを塗りキュウリとチーズを挟み、コーヒーを作り、流しを片付けた』(いい加減な記憶で書きました)という具合。味噌汁だったら、キャベツとじゃがいも(また記憶より)というふうに具の描写まであります。エッ、こんなことまで書くの、と思うのですが、主人公の丁寧な暮しぶりも私には魅力の一つ。で、マーロウにも同じような描写がありました。『私はキッチンに行って、カナディアン・ベーコンとスクランブル・エッグとトーストとコーヒーを作った』(P.23)というふう。マーロウも心を落ち着かせるために掃除したりシーツを取り換えたりします。綺麗好きなところも「僕」に重なるのです。

 そして、もう一つ似てるのは、会話のスタイル。村上氏と言えば、「いやはや」「なるほど」などという一言の受け答えが定番ですが、マーロウも「率直に言って」「あるいは」「一点のくもりなく」とか良く言います。もろろん当然、訳者の文章スタイルが反映されると思いますが、同じケースの「グレート・ギャツビー」では全く感じないことでした。この「ロング・グッドバイ」に村上氏が影響を受けたことを直に感じられたのは、村上ファンとしては堪らないことでした。

 この本の中の名セリフは、『さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ』(P.571)めちゃくちゃに殴られた顔での美女とのラブシーンの翌朝のセリフです♪

 村上さん、やっぱり、カラマーゾフの兄弟、待ってますよ!


★次回は、映画「探偵はBARにいる」です。

# by cuckoo2006 | 2011-09-16 23:49 | 村上春樹 | Trackback | Comments(6)

「うさぎドロップ」 監督SABU  

2011年 09月 06日

ストーリー
累計発行部数60万部を突破した宇仁田ゆみの人気漫画を、SABU監督が松山ケンイチ主演で実写映画化。亡き祖父の隠し子である6歳の少女りんを引き取り、不器用ながらも必死に育てようと奔走する姿を描く。りんを演じるのは、「告白」「ゴースト もういちど抱きしめたい」の天才子役・芦田愛菜。また、りんと同じ幼稚園に息子を通わせるシングルマザーのモデルを演じる香里奈のほか、池脇千鶴、木村了、キタキマユ、風吹ジュン、中村梅雀らが脇を固める。
キャスト
松山ケンイチ、香里奈、芦田愛菜、桐谷美玲、キタキマユ、佐藤瑠生亮、綾野剛、木村了、高畑淳子、池脇千鶴、風吹ジュン、中村梅雀(映画.comより)


 久々に映画を観てプッと吹き出したり声を上げて笑ったりしました。CMに出てると目が釘づけになる嬉しいマツケン主演作品です。

 祖父の葬式に集まった親戚一同は、祖父に6歳の隠し子・りん(芦田愛菜)がいることを初めて知る。中年の子供達は驚愕し、邪魔者のように彼女の存在を迷惑がります。大人たちの態度にすっかり憤慨し、失意のりんを見ていられなかったダイキチ(松山ケンイチ)は、「俺が育てる」と宣言してしまいます。

 ダイキチの両親も含めて親戚達は遺産云々の問題で揉めた訳ではなく、あくまでりんの養育について引き取ることを拒んだのです。当然のことながら大人達は皆、子供を育てることがどんなに大変かを知っています。自然な反応でしょう。

 この大変さをただ一人理解していないのがダイキチ、というわけでした。一人暮らしの家へりんを連れ帰った翌朝、「アタシ、お腹すいた」と言われ正気に戻るダイキチ。「オ、オレ、格好つけちまったよ。どうしよう、、、どうしよう」とトイレへはいつくばって逃げ込む姿にもう大爆笑でした。

 まずは保育園探し、りんに必要なものの買出しに食事作り、そして猛烈に忙しい自分の職場と、すぐさまダイキチの頭はぐちゃぐちゃになります。が、妄想癖のある彼は、ふっと広げた雑誌のページへ入り込み、バラの花を咥えて美女と踊り出します。「ダイキチさんって立派な方ね」と美女に褒められ元気づくのでした。こういう楽しさは、原作の漫画のテイストなのでしょうね。妄想に入るサインのラテン音楽が聴こえ出すと場内はクスクス笑いが広がります。

 さて、一変するダイキチの生活。毎朝、満員電車で会社の先の保育園まで、大荷物とりんを抱きかかえ走る、走る!夜は、残業を終えまたお迎えに走る、走る!また朝が来て、走る走る!綱渡りのような毎日がコミカルに描かれます。笑って観ていながらも、今、まさに、現在進行形でこういう生活を送っている若いお父さん、お母さんがたくさんいるのだ、ということがダイレクトに伝わってきます。

 ダイキチが、残業のない部署に異動を申し出て、そのことにためらいも後悔もないのは少々出来過ぎてますが、これが実の親だったら選択の余地はないのでしょう。それにしても(真っ只中にいる時は気付きませんでしたが)子供を育てるには、物凄いエネルギーがいるのですねえ。いったいどこから来るのかそのパワーは、という感じ。その生温かなエネルギーに圧倒された、というのがこの映画の一番の感想です。

 今、図書館で金原ひとみさんの話題作「マザーズ」を予約待ちしてます。“追い詰められた母親達”というのも今を掬い取っていると思います。でも一方で、この「うさぎドロップ」も子供と暮らすえも言われぬシアワセ感覚が描かれています。マツケンダイキチの大らかさ、いい加減さ、馬鹿正直さ、このシンプルさにヒントがあるのかも知れません。芦田愛菜ちゃんは、「阪神電車」と同じように演技がごく自然。とにかく気持の良い作品でした。


@TOHOシネマズ西新井


★次回は、レイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」です。

# by cuckoo2006 | 2011-09-06 23:54 | 邦画 | Trackback | Comments(0)

「ツリー・オブ・ライフ」 監督テレンス・マリック  

2011年 08月 28日

「天国の日々」「シン・レッド・ライン」のテレンス・マリック監督が、ブラッド・ピット、ショーン・ペンを主演に描くファンタジードラマ。1950年代半ば、オブライエン夫妻は中央テキサスの田舎町で幸せな結婚生活を送っていた。しかし夫婦の長男ジャックは、信仰にあつく男が成功するためには「力」が必要だと説く厳格な父と、子どもたちに深い愛情を注ぐ優しい母との間で葛藤(かっとう)する日々を送っていた。やがて大人になって成功したジャックは、自分の人生や生き方の根源となった少年時代に思いをはせる……。製作も務めたピットが厳格な父親に扮し、成長したジャックをペンが演じる。第64回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した。
キャスト
ブラッド・ピット、ショーン・ペン、ジェシカ・チャステイン。(eiga.comより)


 
 この物語は、どうしてこんな大仰なことになってしまったのでしょうか?

 話の筋は普遍的なものです。ブラッド・ピット扮する父親は、成功するためには善人であってはならない、ひたすら強くあれ、と三人の息子達に非情なほど厳しく接します。が、期待通りにならない息子達に、また思い通りに行かない自分自身の人生に失望し、苛立ちを感じています。一番風当りを受けるのは長男で、その長男の怒り不安は、すぐ下の弟に向けられる。優しい次男は、長男の胸の内を幼いなりに理解し、兄の仕打ちに耐えているように見えます。三兄弟の母親(ジェシカ・チャステイン)は、信仰心厚く愛情深く、神話の世界に生きているように感じました。

 物語は、19歳になった次男の死の知らせを両親が受け取る場面から始まります。この弟の死がショーン・ペン演じる中年になった長男の心の苦しみに繋がっているように思えました。そして物語が動き出すとすぐに、スクリーンは原始の時代の宇宙や地球や海底の映像に変わります。これがもう延々と続いた。面食らわなかった観客はいないでしょう。

 宇宙の誕生、生命の神秘をこれでもかと言うほど見せられた後、画面は先ほどの家族へ戻ります。父親が子供達に喧嘩の仕方を教えたり、一緒に木を植えたり、水遊びしたり、美しい映像と音楽に、長男の記憶の引き出しが開くように場面は展開していく。画面は静けさに包まれています。でも次の瞬間に誰か叫び出すような予感のする静けさです。胸がざわざわしました。

 ラスト・シーンは、現在の長男とその妻、そして少年時代の三兄弟、若き日の両親、皆が皆、安堵の表情を浮かべ、神に導かれるかのように手を携えて歩みます。宇宙の映像に慣らされた後なので、もうどんなシーンにも違和感を感じません。この作品は監督自身の自伝的ストーリーで、彼の傷ついた魂を救済するために撮られたのでは、という気がしてきました。消化するのにまだまだ時間がかかりそうです。


@TOHOシネマズ西新井

# by cuckoo2006 | 2011-08-28 00:19 | 洋画 | Trackback | Comments(0)

「沼地の記憶」 トマス・クック[著]  

2011年 08月 23日

教え子エディが悪名高き殺人犯の息子だと知ったとき、悲劇の種はまかれたのだ。若き高校教師だった私はエディとともに、問題の殺人を調査しはじめた。それが痛ましい悲劇をもたらすとは夢にも思わずに。名匠が送り出した犯罪文学の新たなる傑作。あまりに悲しく、読む者の心を震わせる。巻末にクックへのインタビューを収録。(文庫本裏表紙より)


 
 唸りました。トマス・クック、やっぱり巧い!

 老年になった元教師の語り手が、若き教師時代を振り返る形で物語は進みます。舞台は、人種と階級で地区が線引きされていた頃のアメリカ南部レークランド。裕福な名家の一人息子として育った彼は、父と同じように地元の公立高校で教師になる道を選ぶ。この町にいる限り特別な存在として敬われる彼は、自分のことを誰一人知らない外の世界へ出て行く勇気はなかったのでした。

 24歳の彼は、恵まれない環境にいる生徒達を少しでも向上させようと熱心に指導します。それは未熟で傲慢な手法だったのですが、彼に教育者としての自信を芽生えさせます。やがて更に彼は、特定の生徒の人生に影響を及ぼしたい、と切望するようになります・・・・・

 暗く静かなトーンで、過去と現在を行き来しながら、語り手は自らの胸の内を晒し、登場人物達の心の奥底を覗き込みます。いったい何が起こるのか、、、何が起きたのか、、、。誰が犯人なのだろう?ではなくて、何が起きるのだろう?という不吉な胸騒ぎのなか、物語はひたひたと進んでいきます。

 悲劇は、結果的にたった一つの不用意な言葉と沈黙から起きました。その悲劇の後、閉鎖的なコミュニティーで、人々がどのように年を取っていったかも明かされます。わたしは、語り手である教師を責める気持ちにはなれませんでした。ラスト3ページに最後の衝撃が待ち構えます。


★次回は、映画「ツリー・オブ・ライフ」です。

# by cuckoo2006 | 2011-08-23 23:23 | 海外ミステリー | Trackback | Comments(0)

「コクリコ坂から」 監督宮崎吾朗  

2011年 08月 17日

ストーリー
「なかよし」(講談社刊)に連載された高橋千鶴・佐山哲郎による少女漫画をスタジオジブリが映画化。宮崎駿が企画・脚本、「ゲド戦記」の宮崎吾朗が同作以来5年ぶりに手がける監督第2作。1963年の横浜、港の見える丘にあるコクリコ荘に暮らす16歳の少女・海は毎朝、船乗りの父に教わった信号旗を海に向かって揚げていた。ある日、海は高校の文化部部室の建物、通称「カルチェラタン」の取り壊しに反対する学生たちの運動に巻き込まれ、そこで1学年上の新聞部の少年・俊と出会う。2人は徐々にひかれあっていくが……。海役に長編劇場アニメ声優初挑戦の長澤まさみ。俊役は「ゲド戦記」に続き2度目のジブリ作品参加となる「V6」の岡田准一。
キャスト
長澤まさみ、岡田准一、竹下景子、石田ゆり子、柊瑠美、風吹ジュン、内藤剛志、風間俊介、大森南朋、香川照之(eiga.comより)


 残念ながら、期待外れでした。どうしてこのお話ををアニメーションにする必要があるのかと思ってしまった。人間離れ、というか、バケモノというか、そういうキャラクターが1コも登場しない宮崎アニメを初めて観た気がします。“小人のアリエッティ”も“カオナシ”も“トトロ”も出てきません。人間しか出て来ないというと「おもひでぽろぽろ」を思い出しましたが、あれは過去の世界から小5の自分が現れるので、アニメに違和感がありませんでした。声の出演は今井美樹と柳葉敏郎で好きな作品です。
 
 アニメと言えば私はやはり、脳や五感がジワ~ッと癒される、夢と現実の狭間を漂うような浮遊感を味わいたい。この映画のTVCMで頻繁に流れていた手嶌葵さんの歌のような雰囲気、です。さあ、その世界へと、映画館に向かったのですが、その世界は一向に見当らず脳ミソも気持良くなれぬままでした。

 それじゃあ、お話の筋はというと、『伝統ある学生寮取り壊しに反対する高校生の団結』と、『好きな人ともしや血の繋がった兄妹かもしれない、、、』という、いったいどこから発掘してきたのか、というもの。若い人達にとっては、こういうのって、逆に新鮮に映るのかなあ。ギモンです。そんなわけで今年の夏のスタジオジブリとの相性は×でした。


@TOHOシネマ西新井


★次回は、海外ミステリー、トマス・クックの「沼地の記憶」です

# by cuckoo2006 | 2011-08-17 16:00 | 邦画 | Trackback | Comments(0)

「猫を抱いて象と泳ぐ」 小川洋子[著]  

2011年 08月 06日

「大きくなること、それは悲劇である」。この箴言を胸に十一歳の身体のまま成長を止めた少年は、からくり人形を操りチェスを指すリトル・アリョーヒンとなる。盤面の海に無限の可能性を見出す彼は、いつしか「盤下の詩人」として奇跡のような棋譜を生み出す。静謐にして美しい、小川ワールドの到達点を示す傑作。(文庫本裏表紙より)

 
 

 久々に読み終えるのが惜しくなる小説でした。「博士の愛した数式」しか読んだことがなかった小川洋子さんの並々ならぬ才能を感じました。
 
 読み進むうちにひょっとしてこれは本当にあった話なのかな、という気がしてきました。最終章のあとに、自動チェス人形と、それを操作していた、この物語の主人公であるリトル・アリョーヒンが確かにこの世に存在した証拠が示されます。それは、今も私営チェス博物館に展示されているチェスゲームを記録した棋譜でした。変色したその一枚の棋譜から、作者のイマジネーションは、リトル・アリョーヒンの美しく儚い人生を繰り広げてみせます。
 
 少年は、祖母と弟と出掛けるデパートで、一人屋上のいつもの場所で過ごします。そこには、小象のときにインドから運ばれ、大きくなり過ぎたため屋上から降りることができなくなったインディラの形見の足輪がありました。少年が、屋上で一生を過ごした象のインディラに思いを馳せるこの冒頭シーンに、小説の世界へスルリと吸い込まれていきます。
 
 続いて描かれる、少年とチェスの師匠・マスターの交流も実に暖かく優しいものです。住居用に整えられた回送バスの中で、学校帰りに少しずつ馴染んでいくチェスの世界。大きな窓の外には季節の移り変わりがあり、バスの中はマスター手作りのおやつの匂いが溢れる。マスターは美しい棋譜を描くチェス指しでした。「慌てるな、坊や」といつも語りかけるマスターに、少年はチェスのすべてを教わる。やがて、ここから少年は、伝説のチェスプレイヤー・リトル・アリョーヒンとなり、果てしないチェスの海へ泳ぎ出していきます、“猫を抱き、象とともに”・・・・・

 登場人物たちは、みな“閉ざされたところから出られない”状況にあります。閉じ込められ身動きができないからこそ、肉体と精神が研ぎ澄まされ、誰も手の届かない境地へ、リトル・アリョーヒンは到達できたのかも知れません。彼が掴んだ愛も崇高なものでした。とは言っても、これだけの才能がありながら、リトル・アリョーヒンの生涯はあまりに哀し過ぎました。
 
 俳優の山崎努氏が巻末の解説でこんなふうに書いてます。
『自分から望んだわけでもないのに、ふと気がついたらそうなっていた。でも誰もじたばたしなかった。中略「仕方ない事情」は受け入れたほうがいい。それも早目に。そのあとにお楽しみが待っているのだから、と仕方なくなってから七十数年を過ごした僕はあらためて思う。』
これには、しっくり来ました。そう、ここからどこへも行けないのだから、ここでうんと頑張り楽しむ。この本の感想として、そのままイタダイテしまいます!


★次回は、映画「コクリコ坂から」です。

# by cuckoo2006 | 2011-08-06 14:50 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)

「アンダルシア女神の報復」 監督西谷弘   

2011年 07月 31日

ストーリー
織田裕二が外交官・黒田康作を演じる映画「アマルフィ 女神の報酬」(2009)、ケータイドラマ「アマルフィ ビギンズ」(09)、TVドラマ「外交官・黒田康作」(11)に続くシリーズ新作。黒田が新たに赴任したスペインで、日本人投資家の殺人事件が発生。やがてその事件は全世界を揺るがす国際犯罪へと発展していく。黒田は事件解決のため、バルセロナからアンドラ、そしてアンダルシアを奔走する。「容疑者Xの献身」で知られる西谷弘監督が、前作「アマルフィ」から引き続きメガホンをとる。
キャスト  織田裕二、黒木メイサ、戸田恵梨香、福山雅治、伊藤英明、鹿賀丈史、谷原章介、夏八木勲(eiga.comより)


 まずまずでした。土曜の夜、これなら観てもいいよ、と夫婦の意見がようやく一致。希薄な観賞動機でしたが、充分に楽しめました。織田裕二は出る作品の脚本を吟味する、と聞いてましたが本当にそうですね。DVDで観た天海祐希と共演した前作「アマルフィ 女神の報酬」も当たりでした。

 しかし、何と言っても、今回の成功の最大の要因は、黒木メイサの魅力と海外ロケの素晴らしさ、でしょう。どこかの映画評のブログで、海外の女優さんを『銭のとれる美人』と形容しているの見ました。お品はともかくウマイこと言うなあと思いましたが、黒木メイサも正に『チケット料のとれる美人』ですね。姿かたちは勿論、憂いのあるその表情、まなざしにオジサンは勿論オバサンも釘付けでした。

 今回は、外交官黒田に、国際警察官役の伊藤英明がからみます。織田裕二の一人舞台的な活躍も薄まりよい按配。人気原作による熟れた脚本に、毎回魅力的なゲストを迎え、贅沢な海外ロケーションを楽しめれば織田裕二の定番になるでしょう。週末、ファミリーで観るのにピッタリな映画でした。


@TOHOシネマズ西新井


★次回は、小川洋子の「猫を抱いて象と泳ぐ」です。

# by cuckoo2006 | 2011-07-31 14:04 | 邦画 | Trackback | Comments(0)

「流星ワゴン」 重松清[著]  

2011年 07月 25日

死んじゃってもいいかなあ、もう...。38歳・秋。その夜、僕は、5年前に交通事故死した父子の乗る不思議なワゴンに拾われた。そして―自分と同い歳の父親に出逢った。時空を超えてワゴンがめぐる、人生の岐路になった場所への旅。やり直しは、叶えられるのか―?「本の雑誌」年間ベスト1に輝いた傑作。(文庫本裏表紙より)

 
 
あとがき解説で、斎藤美奈子さんが、「荒唐無稽なファンタジーであるにもかかわらず、身につまされる」と書いてますが、正にその通り。身につまされました。

 主人公・一雄は、リストラで職を失い、家庭ではひきこもり状態にある中一の息子が荒れ、妻は現実から逃れるように外泊を重ねている。長年反目しあう郷里の父は末期ガンの病床にあり、見舞いの度に受け取る「御車代」は生活費に変わる。「いっそ死んじゃったらもう楽になるなあ・・」という心境にあります。

 その一雄の前に現れるのが、今の自分と同じ38歳の父親。サラ金業で成功する直前の父の姿でした。また、一雄は、まだ家庭が壊れる前の一年前の家族の元へタイムスリップします。そこでは、小6の息子が、同級生達の遊びの誘いをきっぱり断り、受験に向けまっしぐらに頑張っていました。一雄は、その後、成績の伸び悩んだ息子が私立中学の受験にことごとく失敗し、入学した公立中学で小学校の同級生達から執拗ないじめにあうことも知っているのです・・・・・

 今の自分と同い年の親と逢ったら・・・というのは、実はこの頃私も良くする想像です。私と母は誕生日が一日違いで、ちょうど今年は自分が長男を出産した時の母の年齢になりました。強く優しく実に頼り甲斐があったけど、実際に自分がその年齢になってみると案外と若いもの。そう、この本の中で対面する父も、自分が子供の時に感じていた万能の神のような父より、結構自信なげで欠点も目に付くのですね。ここは現実味があり面白いとこでした。

 ところで、私が今、自分と同い年の母に会えたら是非したいことは、母の話を聴いてあげることです。母が元気だった頃、とにかく私は自分の話しかしなかったから。どんなにかあっただろう母の愚痴をゆっくり聞いてあげたいものです。それから、ページを捲るうちにもう一つ思ったのは、失敗することが分かっている過去に戻って、その選択はバツだよ、と教えても無駄だろうなあということ。人は実際に痛い目を見ないと納得しないのですよねえ。あの失敗とこの間違いを通過してこその今の道、と思うのです。この道も何年か後には、やはり正解じゃなかったと気づくのかも知れませんけれど・・・。面白い小説でした~!


★次回は、邦画「アンダルシア」です。

# by cuckoo2006 | 2011-07-25 18:38 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)

「まほろ駅前多田便利軒」 三浦しをん[著]  

2011年 07月 11日

まほろ市は東京のはずれに位置する都南西部最大の町。駅前で便利屋を営む多田啓介のもとに高校時代の同級生・行天春彦がころがりこんだ。ペットあずかりに塾の送迎、納屋の整理etc.―ありふれた依頼のはずがこのコンビにかかると何故かきな臭い状況に。多田・行天の魅力全開の第135回直木賞受賞作。 (文庫本裏表紙より)

 

 
 妙に癒されました。生まれ育ったまほろ市の駅前で便利屋を営む中年男多田啓介。東京の南西部に、神奈川へ突き出すような形で存在する30万人が暮らす町・まほろ市のモデルは町田市、だそうです。幾分自嘲的に故郷を分析し愛する多田の仕事場は、まほろ市全域です。

 会社を辞め妻とも別れ、固定した人間関係から離れ、請け負った仕事を地道にこなす多田。網戸の張り替え、病院見舞い、塾の送り迎えに納屋の片付け、今日の仕事を淡々とこなし明日の準備をして眠りに就く。人付き合いに不器用な多田ですが、彼の誠実さ暖かさが自然と顧客に伝わります。心の傷を癒すかのように、まほろ市で働き生活する多田に共感しました。

 ある日、多田は高校時代の同級生・行天春彦と偶然再会します。多田は、彼の変貌ぶりに驚きます。高校の3年間一言も言葉を発しなかった行天は、気軽に口を開く男になっていました。そして相変わらずの変人ぶり。心ならずも多田と行天の共同生活が始まり、行天は便利屋を手伝うようになります。

 行天も幼少時に親から受けた傷を抱えています。残酷なことですが、苗木のとき陽に当たれず嵐の中で育った木は大きな木に成長することは難しい。それでも精一杯枝葉を伸ばし、その木なりに一生懸命生きている。それだけでエライ、と私は思います。そんな気持ちを行天に抱きました。多田のパートナーとして彼ほど最適な人間はいないでしょう。多田と行天、そして生き生きと描かれるまほろ市民にDVDで会うのが楽しみになりました。



★次回は、重松清の「流星ワゴン」です。

# by cuckoo2006 | 2011-07-11 14:04 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)

「ブラックスワン」 監督ダーレン・アロノフスキー  

2011年 06月 27日

ストーリー
ナタリー・ポートマン、ミラ・クニス共演の心理スリラー。ニューヨークのバレエ団に所属するニナ(ポートマン)は、元バレリーナの母とともに、その人生のすべてをダンスに注ぎ込むように生きていた。そんなニナに「白鳥の湖」のプリマを演じるチャンスが巡ってくるが、新人ダンサーのリリー(クニス)が現れ、ニナのライバルとなる。役を争いながらも友情を育む2人だったが、やがてニナは自らの心の闇にのみ込まれていく。監督は「レスラー」のダーレン・アロノフスキー。主演のポートマンが第83回米アカデミー賞で主演女優賞を獲得した。
キャスト
ナタリー・ポートマン、バンサン・カッセル、ミラ・クニス、バーバラ・ハーシー、ウィノナ・ライダー(eiga.comより)

 
 ここ10年で衝撃度NO.1!息を詰め瞬きせずにいたので観終わって疲労困憊しました。
出るぞ、出るぞ、出たーッ(大音響つき)のジョーズ的恐がらせ方、ナイフ、爪切り、鏡の破片・・・の痛―い怖がらせ方、そして最も恐いのが、人間の心。私が一番不気味に感じたのは、母親の娘に対する愛を装った嫉妬心、でした。

 ニナ(ナタリー・ポートマン)はバレリーナの頂点を目指し24時間をバレーに捧げるストイックな日々を送っています。そんなニナを母(バーバラ・ハーシー)は甲斐甲斐しく世話し、幼な子のように扱っていました。ニナの所属するバレーカンパニーが「白鳥の湖」を上演するにあたり、ニナに主役の座を掴むチャンスが訪れます。オーディションで思うように踊れず泣き伏すニナに、母は「主役は駄目でもまた四羽の白鳥にはなれるわ。大きな白鳥に選ばれるかも知れないし」と優しく慰めます。

 プリマドンナに決まったのは、ニナでした。トイレに籠り「早く知らせたくて」と泣きながら母に電話するニナ。私はここでハンケチを取り出した。今後の展開に効く見事な演技です。そして、ここからニナの苦悩が始まる。監督(バンサン・カッセル)から「君の白鳥は完璧だ。だが演技の鍵となる黒鳥が全く出来ていない。もっと官能的であれ」と厳しく叱責されます。ニナの代役に配置された他劇団から移ってきたばかりのリリー(ミラ・クニス)には天性の妖艶で奔放な魅力が備わっていました。

 また、あれほど母娘が望んできたプリマの座をニナが得た途端、母の様子が微妙に変化していきます。とは言っても、ニナの周囲のものすべては彼女の歪みはじめた視点から描かれるので、どれが事実でどれが彼女の妄想かは観る者に委ねられます。母が、娘を祝うために買ってきたケーキを捨てようとしたところなどは、自分の支配下から娘が出て行く予感からの苛立ちと受け取りました。でも、最後に客席で娘に涙ながらに拍手する母を見て、ニナの感情が母の姿を歪ませていたのかとも思いました。もっとも最後の慈愛に満ちた母の顔も、すべてから解放されたニナの感情の投影だったのかも知れませんが。

 ラストは、ニナの再生とも、破滅ともとれ、また破滅ではあってもニナにとっては究極の願いが果たされたと考えることもできる。この映画はぜひ女性二人で観て、ガールズトークを盛り上げるのが一番の楽しみ方でしょう。

 ところで、2011年度のアカデミー作品賞を受賞した映画と、自分の観たいものがピッタリ重なっ

て、「ソーシャルネットワーク」、「英国王のスピーチ」、「ザ・ファイター」、「ブラックスワン」の上位4

作品を全部観ました。最優秀作品賞に決まった「英国王のスピーチ」を観た時の感想は「オスカー

にしては物足らん」というのが正直なところでしたが、他の3作品を観て、「英国王~」に決まったこ

とに深く納得しました。他の作品は、一人が絶対イイ!と言えば、もう一人は、これだけはヤダ!と

言う。強硬な反対が出ない、誰もが納得するものと言えば「英国王~」しかないでしょう。無難の良

さ、を再確認してしまいました。ちなみに私の4作品の順位は、①ソーシャルネットワーク、②ザ・フ

ァイター、③英国王のスピーチ、④ブラックスワン、です。昨年度の「ハート・ロッカー」と「アバター

」の一騎打ちよりも断然今年の作品の方が私の好みでありました。


@TOHOシネマズ西新井



★次回は、三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」です。

# by cuckoo2006 | 2011-06-27 21:01 | 洋画 | Trackback | Comments(0)

「五番目の女」上・下 ヘニング・マンケル[著]  

2011年 06月 08日

父親とのローマ旅行は予想外に楽しかった。休暇が終わって仕事に戻ったヴァランダーを待ち受けていたのは、花屋の家宅侵入の通報だった。店主は旅行中で盗まれたものはない。次は一人暮らしの老人が失踪した疑いがあるとの訴え。一見些細な二つの事件。だが老人が串刺しの死体で発見されるに至り、事件は恐るべき様相を見せはじめる。CWAゴールドダガー受賞作シリーズ第六弾。
(文庫本裏表紙より)


 スウェーデンの警察を舞台にしたミステリーを初めて読みました。著者ヘニング・マンケルは、スウェーデンを代表する推理小説家だそうです。登場人物の署員達は、真面目で善良でどことなく日本人と似ているよう。主人公の刑事ヴァランダーも『自分は間違った方向へ捜査を誘導しているのではないか』という恐怖と常に戦いながら懸命に難事件に挑みます。

 連続殺人事件の被害者は、資産家の老詩人と蘭愛好家の花屋店主。残忍な方法で殺害された彼等に共通するのは、残酷な人間だったという事実。地道な捜査は何度も壁にぶつかり、ヴァランダーが頭に描くうっすらとした犯人像に一向に近づけぬまま、第三の事件が起こる・・・迷走する捜査に、こちらまでぐったりしてきます。焦燥感、疲労感をヴァランダーと共有しました。

 そして、北欧の秋から冬への暗く寂しい季節に、50歳手前のヴァランダー自身の人生も重なります。プライベートがないような今の生活に、恋人と再婚し家を買い犬を飼うことを想い願う。ヴァランダーの人間的でセンチメンタルなところも魅力でした。

 執念の捜査の末、遂に追い詰めた犯人の口からすべての事件の真相が静かに語られます。ジョークも飛ばず大活劇もなく淡々と進むストーリーがしっくりきました。一軒家とラブラドールの仔犬に当たりをつけたヴァランダーの今後も読んでみましょう♪


★次回は、映画「ブラックスワン」です。

# by cuckoo2006 | 2011-06-08 21:25 | 海外ミステリー | Trackback | Comments(0)

「阪急電車 片道15分の奇跡」 監督三宅喜重  

2011年 05月 29日

ストーリー
「フリーター、家を買う。」「図書館戦争」などで知られる人気作家・有川浩の原作小説を映画化。兵庫・宝塚市の宝塚駅から西宮市の今津駅までを結ぶ阪急今津線を舞台に、婚約中の恋人を後輩社員に奪われたアラサーOL、恋人のDVに悩む女子大生、息子夫婦との関係がぎくしゃくしている老婦人らの人生が交錯する。片道15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々を描くヒューマンドラマ。主演は中谷美紀、戸田恵梨香、宮本信子。共演に人気子役の芦田愛菜ら。
キャスト
中谷美紀、戸田恵梨香、宮本信子、南果歩、谷村美月、有村架純、芦田愛菜、小柳友、勝地涼、玉山鉄二(eiga.comより)


 
 この映画は、私は全くダメでありました。家のテレビでこれを観ていたら確実にチャンネルを変えてる場面が4、5回あった。“相容れないもの”を感じてしまいました。

 宝塚駅から終点まで片道15分の阪急電車を舞台に、まずそれぞれの駅沿線に住む女性達の横顔が紹介されます。結婚準備中に後輩に婚約者を奪われたOL、イケメン彼氏のDVに悩む女子大生、PTA仲間とのランチを断れない主婦、、、そんな彼女達が電車の中でふと隣合せた人とのご縁から、それぞれの心悩む日常を一歩抜け出す、というストーリー。きっと原作はとても良いお話なのでしょう。

 良いお話なのは分かるのだけど、分別臭く、説教臭く、心温まるのを押しつけられる居心地の悪さがあった。宮本信子さん演じるおばあさんの“したり顔”が鼻についてしまいました。多分、初めて会った者同士が短い時間に何かを伝えあう、という設定に、饒舌なセリフですべてを説明しなければならない苦労があったのでしょう。ラストシーンも中谷美紀と戸田恵梨香の「なんかさー、この世界も悪くないよね」「そうですね」の会話で終わります。こういうのはセリフじゃなくぜひ観客に自然に感じさせて欲しいものです。

 素敵なメッセージもありました。最初のエピソードで、元婚約者の結婚式にウエディングドレス姿で出席した帰りの中谷美紀に、隣に座った宮本信子が「今のあなたは素敵よ。そういうあなたが私は好きよ」と優しく告げる。最後のエピソードで、その中谷美紀が、いじめる級友達に毅然と言い返した少女にホームのベンチで「今のあなたは凄く格好良かったわ」と伝える。『今のままで充分素晴しい』と相手を自分を肯定することは本当に大切なことだと思います。

 が、今年の暫定マイワースト1作品、アシカラズ、、、


@TOHOシネマズ西新井


★次回は、海外ミステリー「五番目の女」です。

# by cuckoo2006 | 2011-05-29 21:41 | 邦画 | Trackback | Comments(0)

「きのね」上・下 宮尾登美子[著]  

2011年 05月 21日

ストーリー  上野の口入れ屋の周旋だった。行徳の塩焚きの家に生れた光乃は、当代一の誉れ高い歌舞伎役者の大所帯へ奉公にあがった。昭和八年、実科女学校を出たての光乃、十八歳。やがて、世渡り下手の不器用者、病癒えて舞台復帰後間もない当家の長男、雪雄付きとなる。使いに行った歌舞伎座の楽屋で耳にした、幕開けを知らす拍子木の、鋭く冴えた響き。天からの合図を、光乃は聞いた…。(文庫本裏表紙より)

 宮尾登美子さんが「国民的作家」と言われることに納得しました。この一冊を仕上げるのにどれだけ資料を調べどれだけ取材し、どれだけの時間を執筆に費やしたのか、ずっしり読み応えがありました。で、文句なく面白かった!

 父親の借金のため一家離散状態にある光乃は、実科女学校卒業後、歌舞伎役者の家へ女中奉公に上がる。華やかな世界の舞台裏へ飛び込んだ光乃は、持ち前の地道で口の堅い気質から信用を得、やがて当家の長男雪雄付きとなる。雪雄は類まれな美男役者だったが、不器用で口下手の癇癪持ちで何故か大事な襲名の折に長患いの病に見舞われていた。光乃は、雪雄の舞台姿を目にしたその日から、拍子木のきの音と共に、雪雄の存在が鮮やかに胸に灼きつく。雪雄の愛人の出産、結婚と離婚、一門宗家への養子入り、そして戦中の耐久生活に光乃は雪雄に自分の命をかけ仕え続ける。そんな日々の中、光乃は雪雄の子供を身籠っていることに気づく・・・・
 
 花形役者だが何だろうが女房に暴力をふるう男など不愉快極まりないし、雪雄の新婚生活が破綻していくのに消極的に加担した(坊っちゃまが蛸がお嫌いなことも若奥様に教えない)光乃は結構したたか。すべての後始末をしてやる“坊っちゃん命”の奉公人・太郎しゅう(この人の江戸弁には聴き惚れた)は、目に余る過保護・・・というふうに途中までは出て来る人があまり好きになれませんでした。しかし、光乃がたった一人で出産をやってのけるあたりからは、そんなことは全部吹っ飛んでいきます。この人は凄い!理屈抜きに。何を犠牲にしても雪雄の芸のために生き、そしてそれ以上に立派なのは、その人の妻となってからも陰から支える役割を一つも変えない。ブレがない。それは見事な人生です。

 私は、光乃の晩年の心模様に引かれました。若い時分の苦しい嫉妬を思い返し、今は多少のことがあっても心が穏やかなことに自分で驚くところ。親類筋の葬儀で、次男と三男の嫁と三人が揃い、「かわいそうなくらいダンチだねえ」と陰口に悲しみながらも、ありのままで自分のできることをしようと決心するところなど、共感しました。

 この物語は良く知られるように、十一代目市川団十郎夫人がモデルとなっています。本を書くにあたり著者は、団十郎サイドから、十一代目のイメージが損なわれるのを心配してか、色よい返事はもらえなかったそうです。しかし、あとがき解説で壇ふみさんが書いている通り、『読み了えたとき、先代の芝居を一度観たかったいう痛恨だけが残り、いささかも偉大な役者の風格を損なわない』に賛成です。それは、歌舞伎の舞台に命を捧げ、それを生涯傍らで支えた妻への労りが充分過ぎるほど感じ取れたから。56歳と59歳で亡くなった夫妻に安らかにと手を合わせたい気持で本を閉じました。


★次回は、映画「阪急電車」です。

# by cuckoo2006 | 2011-05-21 20:24 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(2)

「イリュージョニスト」 監督シルバン・ショメ  

2011年 05月 11日

ストーリー
フランスの喜劇王ジャック・タチが娘のためにのこした脚本を、「ベルヴィル・ランデブー」のシルバン・ショメ監督がアニメ映画化。舞台は1950年代のパリ。初老の手品師タチシェフは、場末のバーで時代遅れの手品を披露しながら細々と暮らしていた。ある日、スコットランドの離島にたどり着き、そこで貧しい少女アリスと出会う。タチシェフを魔法使いだと信じこみ慕うアリスと、生き別れた娘の面影を重ねるタチシェフ。2人はエジンバラで一緒に暮らし始めるが……。
キャスト (eiga.comより)
クロード・ドンダ、エルダ・ランキン


 ゴールデンウィーク明けに駆け込み見逃さずに済みました!今までに観たアニメーションの中で文句なしのピカ一。パリ、ガス灯、ミュージックホール・・・私はもともとこの辺の雰囲気に弱いのですが、(「幸せはシャンソニア劇場から」もツボだった)、とにかく画面の「絵」が美しい。街の描写の繊細さ、人物のなめらかな身のこなしに魅せられました。セリフはほとんどありません。

 ロックンロールとテレビの台頭で時代は大きく進み、かつての人気を失った老マジシャン・タチシャフは場末の劇場を転々とする暮し。そんな現在の境遇を怒るでも嘆くでもなく、淡々と旅を続けながら目の前の客にマジックを披露してみせます。いつでもどこでも身だしなみ良く、マナーは紳士そのもの。これが本当に素敵でした。たとえ時代遅れであろうと自分のマジックのスタイルがしっかりある。これが生きるスタイルに繋がっているように思えました。

 一方、彼を魔法使いと信じ込む少女アリスは、純真と言えばその通りですが、ちと図々しかった。年寄りを長椅子に寝かせて平気というのはヒドイでしょう。それでもタチシャフはアリスを喜ばせることが生きる張りになっていたのですね。大人になったアリスが新しい道を歩き出すのを、タチシャフは寂しさと共にこれで良かったと心から思ったことでしょう。したたか酔ったタチシャフがアリスの寝室を覗いてすぐにドアを閉めるシーンは印象的。それから、一緒に旅を続けてきたマジックの看板ウサギとの別れのシーンは沁みます。背伸びしてタチシャフを見送る白ウサギに、鼻の奥が痛くなりました。

 エンドロールの途中で立ち上がれなかった映画は久しぶりです。他の観客も全員が座ったままなので、みんな同じなんだ、と納得していたら最後にもうワンシーンありました。ああ、良かった~

前回、次は「きのね」とお知らせしましたが、まだ下巻の途中なもので、次回にお話しいたします♪



@シネマート六本木

# by cuckoo2006 | 2011-05-11 22:22 | 洋画 | Trackback(1) | Comments(2)

「ザ・ファイター」 監督デビット・O・ラッセル  

2011年 04月 29日

ストーリー
「スリー・キングス」のデビッド・O・ラッセル監督が、マーク・ウォールバーグとクリスチャン・ベールを主演に迎え、名ボクサー、ミッキー・ウォードと彼の異父兄ディッキー・エクランドの絆を描いた実録ドラマ。1980年代のマサチューセッツ州ローウェル。米ボクシング界のスター、シュガー・レイ・レナードと拳を交わしたことのあるディッキー(ベール)は街の英雄だったが、戦いに敗れたことから麻薬に手を染め、投獄される。そんな兄の陰でミッキー(ウォールバーグ)は早くからアマチュアボクサーとして実績を積み、頭角を現すが……。クリスチャン・ベールとメリッサ・レオが第83回米アカデミー賞で助演男優賞、助演女優賞を受賞した。
キャスト
マーク・ウォールバーグ、クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、メリッサ・レオ(eiga.comより)


 イキのいい、ノリのいい映画。実話を基にしたストーリーです。エンドロールで、モデルとなった実在のボクサー兄弟・ディッキーとミッキーが登場しますが、特に兄のディッキーは喋り方も風体もクリスチャン・ベールの演じた役そのまま。ベールと同じくオスカー助演賞を受賞したモンスターマザー役のメリッサ・レオも、マサチューセッツ州ローウェルの埃臭い路地も酒場もボクシングジムも、リアルな雰囲気がひしひし伝わってくる映像です。
 
 ディッキーは、かつて才能あるボクサーとして街の英雄だったが、今ではクスリに溺れる怠惰な毎日。そのディッキーに異父兄弟のミッキーは、ボクシングのすべてを教わってきた。父親の気質の違いからか、ミッキーは兄と正反対の誠実で努力家な青年。しかし、専属トレーナーの兄とマネージャーを務める母親アリスに金のため不利な試合を強いられ、ボクサーとして不遇の日々を送っていた。そんな時、ミッキーは酒場で働くシャリーンと恋に落ち、ボクサーとして成功するために家族と距離を置くことを決意する・・・・

 「あなたのためよッ」、と息子を食い物にする母親、そしてゴロゴロいる(働いているようには見えない)異父姉妹達は、この映画の強烈な存在です。そんな母アリスも女としての魅力はありそうで、二人の息子達にもどうやら愛されている様子。癪に障るが現実感があります。一方シャリーンは、そんな一族にも全く負けてない。ミッキーをそそのかすな、とシャリーンの家に乗り込んで来た母と姉達にパンチをお見舞いする場面には胸がスーッとしました。

 新チームのもと、着々と勝利を収めていくミッキーは、遂に世界タイトルマッチの挑戦権を手にします。ディッキーは当然のようにまた弟のセコンドを買って出るのですが・・・・

 それにしても「勝利」の力って凄いものです。一瞬にしてすべてのマイナスをプラスに転じ、自分は勿論、周りの人間の人生も塗り変える。いがみ合う人達の心さえ一つにしてしまう。勝負師にとって、「勝つ」ということはこういうことなのだと実感します。駅までの道、気がつくと拳がボクシングのグーになってました。ゴールデンウィーク一押し作品です!


@池袋東急


★次回は、宮尾登美子の「きのね」です。

# by cuckoo2006 | 2011-04-29 13:52 | 洋画 | Trackback | Comments(0)

「月と蟹」 道尾秀介[著]  

2011年 04月 20日

月と蟹」 

内容(「BOOK」データベースより)
「ヤドカミ様に、お願いしてみようか」「叶えてくれると思うで。何でも」やり場のない心を抱えた子供たちが始めた、ヤドカリを神様に見立てるささやかな儀式。やがてねじれた祈りは大人たちに、そして少年たち自身に、不穏なハサミを振り上げる―やさしくも哀しい祈りが胸を衝く、俊英の最新長篇小説。



 これは自信を持ってお薦めしたい本!
小学5年生の慎一は、2年前に東京から鎌倉の祖父の家へ越してきました。1年前に父が病死し、今は、事故で足が不自由になった祖父と母の三人暮らし。やはり関西から転校して来た春也とはクラスに馴染めない同士、気が合っていました。

 夏休み前の放課後、慎一と春也が岩場の陰に作った秘密の場所や、慎一の祖父に連れられ鶴岡八幡宮へ舞いを見に行く二人の寄り道の冒険など、生き生きと描かれます。風の匂いや草いきれ、そして子供達の汗や体温を感じるような描写に、やっぱり芥川賞作品(芥川賞ではなく直木賞でした)は上手いなあ、と納得します。けれどもここまでは、見事なお手並みを感心すると同時に、上質な作品独特の退屈さ、も感じてました。それに、生物への虐待、また子供への虐待を思わせるシーンもあり、あんまり愉快な話とは言えません。

 中盤から、クラスの太陽のような存在の少女・鳴海が二人の秘密の儀式の遊びに加わるようになります。この辺りから三人それぞれの心理描写に、ぐんぐん引き込まれていきます。慎一の祖父が起こした10年前の漁船の事故で、鳴海は母を亡くしていました。慎一と距離を置くクラスメートの中で、鳴海だけが彼と仲良く接しています。そんなある日、慎一は、自分の母親が鳴海の父親と密かに逢っているところを目撃してしまいます。そして、慎一の教室の机の中には、また彼を中傷する手紙が入れられていました・・・・

 後半からはもう、上手いなあ!と唸っている暇もなく、夢中で先へ先へとページを捲ります。前半までは予想される通りの筋立てでしたが、終盤は全くの予測不能。嬉しい予測不能です。鳴海が、「あの人、なんか恐くない?」と言うように最初は春也に“危うさ”を感じましたが、後半は慎一の方が“狂気”に駆られます。慎一のなかで幻想と現実が交差する最後の数十ページは、姿勢を変えるのも忘れて読み切りました。5年生の2学期、三人はそれぞれが、明るい方へ小さな一歩踏み出します。頭の中のスクリーンで、一本の映画を観たような小説でした。

# by cuckoo2006 | 2011-04-20 22:06 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)

「神々と男たち」 監督:グザビエ・ボーボワ  

2011年 04月 07日

神々と男たち」  
ストーリー
1996年のアルジェリアで、7人のフランス人修道士がイスラム原理主義者とみられる武装グループにより誘拐・殺害された実在の事件を題材にしたヒューマンドラマ。第63回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを獲得した。アルジェリア山間部にたたずむ僧院で、フランス人修道士たちは地元のイスラム教徒たちと宗派を越えた交流をしながら、平穏な毎日をおくっていた。しかし、アルジェリア軍と原理主義者による内戦が激化したことから、彼らの周囲にも暴力の影が忍び寄り始める。
キャスト
ランベール・ウィルソン、マイケル・ロンズデール、オリビエ・ラブルダン、フィリップ・ロダンバッシュ(eiga.comより)


 1996年にアルジェリアで実際に起きた事件に基づいた作品。やはり観に来て良かった。しーんと胸に残るものがありました。アルジェリアの山間の小さな村の修道院に、修道院長クリスチャンをはじめカトリック・シトー派に所属する修道士達は自給自足の生活をしています。修道士達はイスラム教徒である村人達と良好な関係を保ち、修道士の一人である医師リュックは、訪れるたくさんの村人を診察していました。質素だけれど暖かい食事、村人と共にする労働、見事な声量で歌われる讃美歌そして祈り、美しい自然の中、戒律に基づいて繰り返される彼等のシンプルな日常に、不思議な心地良さを感じました。

 しかし、アルジェリアの内戦は激しさを増し、イスラム過激派の市民への残虐行為はエスカレートしていきます。修道院にも襲撃の危機が迫りますが、クリスチャンは軍が修道院を守るという申し出を断ります。フランス大使館は修道士達に帰国を要請し、一方村人達は彼等に村に留まってほしいと懇願する。発つか留まるか、クリスチャンらは決断の時を迎えます。

 内面の動揺を抑え、静かにテーブルにつく修道士達。最初の話し合いでは、発つと残るが半々でした。クリスチャンは結論を保留し、自分ももう少し考えてみると語ります。それぞれが胸に思いを抱えながらいつもと同じように過ごす祈りの日常が、胸に沁みました。迷い恐れる修道士達が近しく感じられます。

 そして、彼等が出した結論は、全員が残るというもの。それぞれの残る理由をクリスチャンに告げます。「夕べ私は発とうと決めた。しかしそう決めた今の自分の心に平安はない。だから残る。」「私には待っている人がいない。だから残る」「ここが自分の居場所だから残る」淡々と話す言葉に息が詰まりました。

 チャイコフスキーの白鳥の湖が流れるなか、夕食の後、リュックが皆のグラスにとっておきのワインを注ぐ。これが最後の晩餐となります・・・。二人の修道士が生き残っているので彼等からの証言もあると思われ、修道士それぞれの人柄や小さなエピソードに現実感があります。エンタテイメント性はもちろん皆無の作品ですが、深く胸に迫りました。ここにこういう男達が生き、こういうことがあった事実が記録されて良かった。生きることに身が引き締まる思いで座席から立ち上がりました。


@銀座シネスイッチ


★次回は、芥川賞受賞作品、道尾秀介の「月と蟹」です。
(加筆訂正 芥川賞ではなく直木賞受賞でしたm(__)m)

# by cuckoo2006 | 2011-04-07 17:30 | 洋画 | Trackback | Comments(0)

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