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「わたしを離さないで」 カズオ・イシグロ〔著〕土屋政雄〔訳〕
内容紹介「自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春 の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇 妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々 がたどった数奇で皮肉な運命に……。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく――英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』を凌駕する評されたイシグロ文学の最高到達点 。」
久々の“一気本”でした。 物語は、現在31歳になった介護人キャシー・Hが、子供時代を過ごした全寮制の施設へールシャムでの生活を回想していく形で進みます。 子供同士の仲間意識やちょっとした意地悪に喧嘩など、丹念な描写に馴染み深い感情が甘酸っぱく蘇ります。 その一方で、教師を保護官と呼び、外界から遮断されたこの施設の実態はどういうものなのか?「提供」という言葉の意味するものは?そしてこの物語はどこへ辿り着くのか?読者に不吉な予感を感じさせながら、へールシャムの中で子供達は成長して行きます。 そして、友人同士の親密さ、気まずさ、微妙な力関係や淡い想いなど、刻々と変化していく感情が息苦しいほど繊細に描かれていく。どれもこれも脈打つような描写に引き込まれました。 1章進むごとに、主人公達は、9歳、13歳、16歳・・と年齢を重ね、へールシャムの輪郭が次第にくっきりしてきます。この物語は一体どこへ行くのか?という興味が、グングン加速します。 ラストは、やはりカズオ・イシグロでした。すべてが明らかにされた後、淡い余韻を残し物語は終わる。言ってみれば奇想天外なストーリーなのですが、主人公達が与えられた運命を淡々と受け入れていくところに、現実の社会に適応して生きるという意味において、自分に引き付けて感じられるものがありました。作者の巧さであり物語の哀しさでしょう。 人と人との間にある“空気”を繊細に掬い取る描写と、ストーリーへの興味に、ページを捲る指が止まりませんでした。
by cuckoo2006
| 2007-08-09 18:27
| 本(外国のもの)
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Comments(6)
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KAORU
at 2007-08-14 10:02
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「私を離さないで」は予約待ちなので、「充たされざる者」を借りてきました。上下2冊の大作で内容はイシグロ言うところのブラック・コメディーとのことなのですが、この猛暑の中、食いついていけるか?返却期限までに読み終えられるか?不安な私です。
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cuckoo2006 at 2007-08-14 18:42
ブラック・コメディーとカズオ・イシグロって結びつかないですよね。「充たされざる者」、どんなお話なのか興味津々です。
かをるさんが紹介してくれたお蔭で、ほんとにしっくりくる作家と出会うことが出来ました。私もこれから次々読んでこうと思ってます。 今日、読み出したのは、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」で、これは上中下というとんでもない長さなんですが、ムスコ本なのでゆっくり読んでいこうと思います。 コメントありがとうございました!“勘三郎”も楽しみにしてます♪
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正子
at 2007-08-15 00:44
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日の名残りは昔映画で見ました。伝統的な英国の階級社会の一断面の人生をたんたんと描いていました。
英国のこういった物語が好きで「モーリス」をはじめとしてたくさんの英国ものを読んだり見たりしましたが、すべて階級というものが意識すらされないほど厳然とありました。 そして主人公たちは悲しみを悲しみと感じないかのようにたんたんと受け入れています。あの陰鬱な天候が英国人の気質に影響しているのでしょうか。天候は嘆いてもしたかないのですから。 アガサクリスティーのミステリーものでも階級抜きには物語は成立しません。 「私を離さないで」はどんな物語なのか、さっそく図書館へ今週末に行ってきます(あるといいのですが)。なんだか不気味なミステリーぽさを感じてわくわくしますね。
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cuckoo2006 at 2007-08-15 13:20
正子さん、ようこそ!
>すべて階級というものが意識すらされないほど厳然とありました。 >そして主人公たちは悲しみを悲しみと感じないかのようにたんたんと受け入れています。 本当にこういう感じですよね。たんたんとして抑制の効いたトーンにしっくり癒されるものがある。不思議な気がします。 「モーリス」も見てみよう。主題は重そうでしたが、独特の「英国」が味わえそうですね。 去年観た「プライドと偏見」も筋はともかくイギリスの風景の映像の美しさに魅せられました。 カズオ・イシグロは、相性の良いイギリスに加えて何と言ってもルーツは日本だし、偶然にも同い年。 正子さんのクリスティ全読破めざして私もイシグロ制覇してやろうと思っとります。 ではまた本・映画話、楽しみにしてます!コメントありがとうございました。
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正子
at 2007-09-06 00:31
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「わたしを離さないで」をたったいま読み終わりました。
このような世界を抑制した筆致でたんたんと書ける才能は本当にうらやましい限りです。 世界で最初のクローン羊ドリーを作ったのも、世界で最初に試験管ベビーを誕生させたのも英国だったことを思うと、出るべくして出た近未来小説ですが、下手な評論はできません。それぞれの読み手がそれぞれの感慨にふければよいと思います。 「日の名残り」とはまったく別のカズオ・イシグロを知ったからには、他の著作もこれから読まずにはいられません。
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cuckoo2006 at 2007-09-06 15:19
ほかほかの感想、ありがとうございます!
才能に感嘆、に深く同感です。子供時代の描写など、心のフィルムに焼き付けたものを自然に文章にしていっている感覚がします。 私が今、図書館から借りてるのは、「女たちの遠い夏」。イシグロ処女作で、5才まで生まれ育った街・長崎が舞台だそうです。 それから、正子さん一押しの「モーリス」は、近くのレンタルビデオになかったので、TSUTAYAで探してみるつもり。 台風9号は今夜関東上陸のようですね。どうぞお帰り気をつけて。コメントありがとうです~
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