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「アンダーグラウンド」 村上春樹〔著〕

d0074962_21125533.jpg『1995年3月20日の朝、東京の地下鉄でほんとうに何が起こったのか。同年1月の阪神大震災につづいて日本中を震撼させたオウム真理教団による地下鉄サリン事件。この事件を境に日本人はどこへ行こうとしているのか。62人の関係者にインタビューを重ね、村上春樹が真相に迫るノンフィクション書き下ろし。』(文庫本裏表紙より)



こういう本があったのか、という驚きがありました。
著者・村上春樹による地下鉄サリン事件被害者62人へのインタビューが収められています。インタビューは、事件後9ヶ月から始まり、約1年間かけて行なわれました。その朝、たまたま事件現場に居合わせ、サリンに何らかの作用を受けた多数の人達の証言により、混乱を極めた現場の状況が浮かび上がります。

最初の証言者は、「ひと目見たとき、冷静にことを処理している人が一人もいないことに気が付きました」という26歳OL。千代田線の霞ヶ関駅を降り、周囲の人々の異変に驚いた彼女は、救急車が一向に来ないことに苛立ち、駆けつけたマスコミの車に、倒れている人を病院へ運ぶように掛け合う。次の証言者は、重症者達を病院に運んだそのマスコミの車の運転手。そして、その次は、重篤の同僚に付き添ってその車に同乗した若い駅員の証言、という具合に、その時、実際にどういう事が起こったのか、騒然とした現場の、その輪郭が少しずつはっきりしたものになっていく。それぞれの証言の中にお互いが記憶され、また、この証言者達も次々に体調の異変に襲われていく様子が綴られます。

そして、証言者の仕事、家族、生い立ち、風貌も著者のフィルターを通して紹介されます。事件の当日、どういう状況で、その電車に乗り合わせることになったのか。月曜の朝、会議があったのでいつもより30分早く家を出たとか、渋滞に巻き込まれて、何本か遅い電車に乗ることになったなど、それぞれの事情が語られる。サリン事件の被害者という一括りではなく、一人一人の顔立ちの細部が浮かび上がります。重い後遺症の残る被害者、亡くなられた方の家族へのインタビューも含まれ、その方々の事故に会う前の姿がイメージされました。

また、同じ体験をしても、人の感じ方、考え方というものは、本当に様々だなあと感じます。比較的年齢が上の方達が多いこともあり、皆それぞれに生きるスタイルがきちんと確立されている。普通の人々が皆、自分の人生を、実に真っ当に生きている。これが、この分厚いインタビュー集に、私が一番強く感じたことかも知れません。

最後に、「目じるしのない悪夢」(私たちはどこへ向おうとしているのだろう?)という著者による8章に渡る文が加えられています。その中で(いささか大雑把過ぎる要約ですが)、『オウム真理教に帰依した人々の多くは、麻原に「自我」という精神的資産を預け、麻原の差し出す「物語」(自分の人生を生きるアイデンティティーのようなものと受け取った)を得た。私達は、麻原のその荒唐無稽でジャンクな「あちら側」の物語をあざ笑った。しかし、それに対して、「こちら側」の私たちも、誰か(何か)に対して「自我」の一定部分を差し出し、その代価としての「物語」を受け取っているのではないだろうか。私達の「物語」は、本当に私達の「物語」なのか。私達の「夢」は、いつか「悪夢」へと転換していくかもしれない誰か別の人間の「夢」なのではないか。私達が、オウム真理教と地下鉄サリン事件に対して不思議な「後味の悪さ」を捨てきれないでいるのは、実はそのような無意識な疑問が解消されていないからではないだろうか。』10年程前に書かれた文章ですが、自分の身に引き合わせても考えさせられる件でした。

1995年3月20日は、朝から気持ちよく晴れ上がり、その日は長男の中学の卒業式でした。式の後、地下鉄で大きな事故があったらしい、と会場がざわついたことなども思い出しました。

(2008年1月27日掲載記事)
by cuckoo2006 | 2009-07-31 11:26 | 村上春樹 | Trackback | Comments(0)
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