小説、映画、絵手紙、都々逸
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「きのね」上・下 宮尾登美子[著](再掲載)

a0163466_22582322.jpga0163466_2331086.jpgストーリー  上野の口入れ屋の周旋だった。行徳の塩焚きの家に生れた光乃は、当代一の誉れ高い歌舞伎役者の大所帯へ奉公にあがった。昭和八年、実科女学校を出たての光乃、十八歳。やがて、世渡り下手の不器用者、病癒えて舞台復帰後間もない当家の長男、雪雄付きとなる。使いに行った歌舞伎座の楽屋で耳にした、幕開けを知らす拍子木の、鋭く冴えた響き。天からの合図を、光乃は聞いた…。(文庫本裏表紙より)

 宮尾登美子さんが「国民的作家」と言われることに納得しました。この一冊を仕上げるのにどれだけ資料を調べどれだけ取材し、どれだけの時間を執筆に費やしたのか、ずっしり読み応えがありました。で、文句なく面白かった!

 父親の借金のため一家離散状態にある光乃は、実科女学校卒業後、歌舞伎役者の家へ女中奉公に上がる。華やかな世界の舞台裏へ飛び込んだ光乃は、持ち前の地道で口の堅い気質から信用を得、やがて当家の長男雪雄付きとなる。雪雄は類まれな美男役者だったが、不器用で口下手の癇癪持ちで何故か大事な襲名の折に長患いの病に見舞われていた。光乃は、雪雄の舞台姿を目にしたその日から、拍子木のきの音と共に、雪雄の存在が鮮やかに胸に灼きつく。雪雄の愛人の出産、結婚と離婚、一門宗家への養子入り、そして戦中の耐久生活に光乃は雪雄に自分の命をかけ仕え続ける。そんな日々の中、光乃は雪雄の子供を身籠っていることに気づく・・・・
 
 花形役者だが何だろうが女房に暴力をふるう男など不愉快極まりないし、雪雄の新婚生活が破綻していくのに消極的に加担した(坊っちゃまが蛸がお嫌いなことも若奥様に教えない)光乃は結構したたか。すべての後始末をしてやる“坊っちゃん命”の奉公人・太郎しゅう(この人の江戸弁には聴き惚れた)は、目に余る過保護・・・というふうに途中までは出て来る人があまり好きになれませんでした。しかし、光乃がたった一人で出産をやってのけるあたりからは、そんなことは全部吹っ飛んでいきます。この人は凄い!理屈抜きに。何を犠牲にしても雪雄の芸のために生き、そしてそれ以上に立派なのは、その人の妻となってからも陰から支える役割を一つも変えない。ブレがない。それは見事な人生です。

 私は、光乃の晩年の心模様に引かれました。若い時分の苦しい嫉妬を思い返し、今は多少のことがあっても心が穏やかなことに自分で驚くところ。親類筋の葬儀で、次男と三男の嫁と三人が揃い、「かわいそうなくらいダンチだねえ」と陰口に悲しみながらも、ありのままで自分のできることをしようと決心するところなど、共感しました。

 この物語は良く知られるように、十一代目市川団十郎夫人がモデルとなっています。本を書くにあたり著者は、団十郎サイドから、十一代目のイメージが損なわれるのを心配してか、色よい返事はもらえなかったそうです。しかし、巻末の解説で壇ふみさんが書いている通り、『読み了えたとき、先代の芝居を一度観たかったいう痛恨だけが残り、いささかも偉大な役者の風格を損なわない』に賛成です。それは、歌舞伎の舞台に命を捧げ、それを生涯傍らで支えた妻への労りが充分過ぎるほど感じ取れたから。56歳と59歳で亡くなった夫妻に安らかにと手を合わせたい気持で本を閉じました。


(2011年5/21掲載記事)
by cuckoo2006 | 2013-02-07 18:47 | Trackback | Comments(0)
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