小説、映画、絵手紙、都々逸
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カテゴリ:エッセイ@文章教室( 4 )

「畳替え」エッセー@文章教室

   畳替え    


昨年末、畳を替えた。今の住まいに移り十年になる。畳も古くなった。お正月にはヨチヨチ歩きの孫も来る。嬉しい気分でパンフレットを眺め、選んのだのは新しいタイプの畳である。一枚一枚が半畳で縁がない。イ草ではなく和紙で出来ている。洋風の感覚が気に入った。事前の部屋の採寸を経て、当日は古い畳を運び出し新しい畳を入れる短時間で済んだ。拍子抜けするくらい簡単だった。


 私の子供時代には畳替えというと、それは大変なものだった。家の全部が和室という家がほとんどだったのである。

 私は新宿区東大久保で育った。父の勤める会社の社宅に三歳から、その社宅が取り壊される小学校六年生まで暮らした。

 NHKや化学会社の社宅に住んでいる同級生もいた。新宿にまだ社宅があった昭和三十年代から四十年代初めの頃のことである。

 NHKなどの社宅は当時にしては新しい白い三階建てだった。一方、私が住んでいた社宅は路地に沿って平屋建ての家がずらーっと並んでいた。モルタルではなく古い板張りだった。

 道路を挟んだ向かい側には裁判所の官舎が建っていた。こちらの社宅二軒分の間口が向こう側の家一軒分の広さだった。裁判所の子の家に遊びにいくと庭も広く子供心にも今で言う格差を感じたものである。

 その社宅と官舎の間の道路で年齢もばらばらの友達と来る日も来る日も遊んでいたのが私の子供時代だった。

 さて畳替えの話である。何年かに一度、社宅の畳替えが行われる。二組の畳職人が路地の端と端から畳替えに取り掛かる。一日に一軒ずつ中央に向かって進んでいくのだ。

 畳職人が庭に外した畳を並べ、大きな針で肘をごりごりと使いながら畳表を縫い付けていく。子供にとって職人さんの動作は面白い。けれども近寄ると危ないので怒られる。

 「今日、畳屋さんは○子ちゃんと○夫君の家にいるから明後日くらいがウチかな?」

 畳替えの進み具合を子供達は興奮して話し合った。

 いよいよ我が家の日になると母が畳屋さんにお茶やお菓子を出す。そのおこぼれをいただくのも嬉しい。家中の畳が新しくなると大人も子供も華やいだ気持になった。畳替えは子供にとってワクワクする一大イベントだったのである。


 新しい畳は和紙で出来ているのでイ草独特の良い匂いはしない。それでも替えたばかりの畳が目に入ると気分が新たになる。今年が佳い年になるような気がしてくるのだ。



by cuckoo2006 | 2018-02-03 15:39 | エッセイ@文章教室 | Trackback | Comments(2)

「三宅義信選手」 エッセー@文章教室

 三宅義信選手

           

 2020年の東京五輪が楽しみ! とは、なかなかおおっぴらに言いにくい雰囲気だ。私の回りには驚くほど五輪開催に反対する声が多い。膨らみ続ける予算を他の事に使う方が良いとも思う。けれどもお祭りに乗っかるのが好きな私は、観戦チケットを何とか手に入れ、友達を誘ったり家族に分けてやったりしようと密かに意気込んでいるのだ。


1964年、東京五輪が開かれた時、私は小学校4年生だった。新宿の社宅に住んでいた私は、母と代々木体育館へ体操の練習を観に行った。恐らく安い入場料で見学できたのだろう。

男子選手か女子選手かの記憶も曖昧だが、一つだけはっきり覚えていることがある。選手が入場すると、こんなアナウンスが流れた。

「日本選手だけでなく外国の選手も応援してください」

笑い声がどっと湧き起こった。

「どうして今、みんな笑ったの?」

私にはなぜ笑いが起こったのか理解できなかった。こんなに笑うなんて外国の選手に失礼じゃないかなと思った。母からも納得いく答えは返ってこなかった。

今から思えば、その笑い声は、オリンピック自国開催の晴れがましさ、目の前でこれから活躍するであろう体操選手を観られる嬉しさ、そしてあと数日となった開会式、そんな高揚感いっぱいの暖かな笑い声だったのだろう。

オリンピックは幕を開けた。毎日テレビを夢中で見た。日本選手団の中で一番最初に金メダルを取ったのは重量挙げの三宅義信選手である。

私も三宅選手と一緒になって息を止め、顔を真っ赤にしてバーベルを挙げている気持で応援した。

その後、三宅選手はたくさんのテレビに出演された。三宅選手を見ると、もう一緒にバーベルを持ち上げる必要もないのに、いつも息苦しい気持になった。

不安になって母に訴えた。

「お母さん、私、この人がテレビに出ると胸が苦しくなるの」

母は笑ってこう言った。

「アキコ、それは恋よ」

10歳の私は驚いた。そして、この事は誰にも言わないことにしようと心に決めた。

三宅義信さんはロンドン、リオ2大会続けてメダルを獲得した三宅宏美選手の伯父さんである。

最近、テレビで久し振りに三宅義信さんを拝見した。現在77歳、静かな佇まいに威厳と風格が感じられた。初恋の人が今でも素敵で嬉しかった。


 2020年には夫もリタイアしていると思う。マラソン競技など一緒に応援に繰り出そう。日本の選手にも外国の選手にもたくさん声援を送るつもりだ。


by cuckoo2006 | 2017-11-03 15:49 | エッセイ@文章教室 | Trackback | Comments(0)

「一人旅」エッセー@文章教室

一人旅

               

 京都、長崎、四国へ一人旅したことが私の小さな自慢である。家族で旅行する時は万事が夫任せ。私の切符まで預かってくれる。

一人旅は私にとって期待と不安に満ちた大冒険なのだ。東京駅で駅弁をじっくり選び、切符を握りしめて新幹線の座席に着く。さあ、ここから自分一人で見知らぬ街を目指すのだ。

自分で作った行程表には、列車の時刻や見学場所の滞在時間などが細かく書き込まれている。どこで降り、どの在来線に乗り替えるか。名所までの交通機関は。夕食はどこで取るか。何時に宿に着くか。頭の中で反芻する。

  鳴門の渦潮を見に行った時、徳島へ戻る最終バスは三時台。間に合わずにタクシーを呼んでもらった。現地に行かなければ分らないこともある。

  用意周到のつもりでも、必ず乗り間違ったり道に迷ったりする。情けなくなるが、そんな時でも一人旅は気楽なものだ。誰かに迷惑を掛けることも気を遣うこともない。

「ドジだねえ。ま、ゆっくり行こうか」

自分にそう言うだけだ。

  どこへ行っても、その土地の人は親切だった。地図を見るのが苦手な私は、すぐ人に道を尋ねる。尋ねた場所まで連れて行ってもらったことが何度もある。

  坂の途中で、「大浦天主堂は、ここを上ったところです」と途中まで案内してくれた娘さん。「お気をつけて」の笑顔がそのまま長崎の印象になった。

  そんなふうにして二泊三日をどうにか終え、帰りの新幹線に乗り込む。もう次の予定を確認する必要もない。ここに座っていれば間違いなく東京駅に到着するのだ。

  車窓を眺めながらシートに身を沈めた時、私は不思議な感覚に襲われた。もうしなければならないことは何もない。無事に旅を終えた。あとは自分が帰る場所へ車両の揺れに身を任せるだけ。安心感に包まれている。

  もしかして、これはベッドに身を横たえた人生の最終章の心境ではないだろうか。やるべき事は何とかやった。もう心配することはない。この先は自分の還る場所へ向かうだけ。最期にこのような心持ちになるのだとしたら何だか救われた思いもしてくる。

  旅の終わりに、高揚感や緊張感から解き放され、穏やかな心で車窓を眺める。これが私の一人旅の醍醐味である。

  新幹線は静かにホームへ滑り込んだ。


by cuckoo2006 | 2017-09-01 15:59 | エッセイ@文章教室 | Trackback | Comments(0)

エッセイ@文章教室はじめました♪ 「靴」

  


 私とリウマチは30年を越える長い付き合いだ。手足に多少の変形はあるものの毎日を元気に過ごしている。

それでも困る事がある。歩くと右足の裏が痛い。指の付け根あたりの骨が飛び出しているせいだ。そこに魚の目ができる。整形外科で、変形した足を出し魚の目を削ってもらうのは切ないものである。

けれども看護師さんは、

「痛くなる前にまた来てくださいね」

と、いつも優しく言ってくれる。

もう一つ困るのは靴選びである。飛び出した骨が当たるため、履いて痛くない靴が無いのだ。私の足のサイズは23.5cmだが、それより1大きい24.5cmの靴を買い、骨が当たる部分に樹脂製の敷物を入れる苦肉の策を取っている。これで痛みはかなり緩和される。

デパートの靴売り場では、外反母趾などに対応した歩きやすい靴のコーナーに直行する。そこで、これはという靴を選び、24.5㎝のサイズを頼む。

しかし店員さんは、

「お客様にそのサイズは大き過ぎます。合わないサイズの靴を履いていると腰を痛めます」       

頑として私の頼みを聞いてくれない。腰が痛くなる以前に一歩足を前に出すと痛いのだから話にならない。

「でも、その靴を履いて痛い思いをするのは私なんです」

職業意識の高いシューフィッターさんに捨て台詞を吐いたこともある。

そんな時、ふらりと日本橋三越本店に足を踏み入れた。オシャレ度の低い靴のコーナーも広々としている。座って履いてみるソファーもゆったりしている。望みのサイズも快く出してくれた。次々に履いて通路を歩いてみる。

すると、そのうちの一足が自分でもアレッと驚くほどフィットした。

「不思議です。痛くありません!」

私は思わず大きな声を出した。

「木型がお客様の足にピッタリ合っているのですね」

店員さんも喜んでくれた。

買って帰った日に、いつものように夫に靴の中にボンドで敷物を固定してもらった。

一日歩いても痛くならずデザインとも折り合えた靴は、大塚製靴のボン・ステップというシリーズ。クリーナーで良く磨いてやっている。

この靴を履いて、これからも元気に歩いて行きたいものである。


by cuckoo2006 | 2017-08-04 16:40 | エッセイ@文章教室 | Trackback | Comments(0)