小説、映画、絵手紙、都々逸
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「あなたへ」 監督降旗康男

a0163466_1602229.jpg解説
高倉健が「単騎、千里を走る。」(2006)以来の映画出演を果たした人間ドラマ。監督は、高倉とともに「夜叉」(1985)、「あ・うん」(89)、「鉄道員」(99)などを生み出してきた降旗康男。北陸にある刑務所の指導技官・倉島英二は、最愛の妻を53歳で亡くし、「故郷の海に散骨してほしい」と記された絵手紙を受け取る。生前には口にしなかった妻の真意を知るため、英二は自家製キャンピングカーで妻の故郷・長崎へと向かう。「夜叉」「あ・うん」のプロデューサーで08年に死去した市古聖智が遺した原案を、降旗監督と脚本家の青島武が再構築したオリジナルストーリー。高倉とは「夜叉」以来27年ぶりの共演となるビートたけしのほか、田中裕子、佐藤浩市、草なぎ剛、綾瀬はるか、余貴美子ら、ベテランから若手まで日本映画界を代表する顔ぶれがそろう。(映画.comより)

 
 実はそれほど期待せずに観たのですが、年間マイベストスリーにするりと入ってしまいました。予想通り、熟年向けの淡々とした作品でしたが、北陸地方の澄んだ空気を吸い込むような冒頭シーンから、スクリーンに心地よく解け込めました。

 富山刑務所の指導技官・倉橋(高倉健)は、15年連れ添った妻・洋子(田中裕子)を53才で亡くす。生まれ故郷の海に散骨してほしい、という妻の遺言に従い、妻の故郷・長崎までハンドメイドで内装したキャンピングカーを走らす。妻との日々を回想しつつ、自分は妻を本当に理解していたのかと心に問う。そんな旅の途中、倉橋は様々な思いを抱えた人達と出会います。
 
 もう一回あのシーンを見たいなあ、と思うところがたくさんありました。新車のキャンピングカーで旅する元国語教師(ビートたけし)と水汲み場で譲り合うシーンや、湖のほとりでコーヒーを飲みながら山頭火の話をするシーンは沁みます。たけしと絡むシーンが、私は一番好きでした。彼の素性には後々驚かされるのですが、倉橋が感じた通り、この人がいい人間であることが、言動の端々から滲み出ています。

 それからもう一度見たいのは、倉橋が土産物店で、初めて洋子に声を掛けるシーン。勇気を出して「失礼ですが」と切り出すのですが、洋子は彼女の事情から一言も発せず、倉橋が一方的に話した後、「お引き留めしてすみませんでしたッ、バス停までお送りしますッ」と雪の中へ二人で出て行くところ。切ない健さん、、、ココ、もう一度見たい!

 お互いに気遣いながら暮らす夫婦の様子が微笑ましく、こんなにも甘く優しく話す健さんを初めて見ました。道中、倉橋は自分の身の上を一切語らないのですが、回想シーンの中の彼は良く喋るのです。夫婦で大阪を旅行中、「私達、気を遣い合って、ありがとうばかり言ってるわね」と妻が言う。居酒屋のテレビは、阪神優勝の瞬間で、ナイナイ岡村君がバンザイを叫んでいます。夫婦の会話が聞き取れないところもあったのですがそれもヨシでした。
 
 生前、妻はなぜ自分に何も言わなかったのだろうか、妻の真意を推し量れず、散骨へ心が揺らぐ倉橋に、食堂の女将(余貴美子)は、「生きているのだから迷って当たり前よ」と告げます。この一言で心を決める倉橋。本当に、夫婦のお互いの胸の奥底など、解らないのが普通だと思うし、ちょっと考えて解らないものは、いくら考えても解らないものでしょう。

 旅の途中で出会ったイカメシ弁当販売のコンビ(草なぎ剛・佐藤浩市)の佐藤浩市の身元が明らかになる最後のエピソードは突飛過ぎて違和感がありました。淡々としたトーンのまま終わったほうが良かったのでは。散骨後の船の上で、老漁師(大滝秀治)がぽつりとつぶやく「久しぶりに綺麗か海ば見た」も流石でしたし、イカメシを販売する草なぎ君の横顔を眺めてから、倉橋が海沿いを歩き出すラストシーンも、是非もう一度見たいシーンでした。

 第1位の「サラの鍵」は揺らぎませんが、暫定マイベスト2としておきましょう。


★次回は、アガサ・クリスティの「未完の肖像」です。
by cuckoo2006 | 2012-09-25 20:55 | 邦画 | Trackback | Comments(0)

「しずく」 西加奈子[著]

a0163466_210271.jpg内容(「BOOK」データベースより)
恋人の娘を一日預かることになった私は、実は子供が嫌いだ。作り笑顔とご機嫌取りに汗だくになっても、ぎくしゃくするばかり…。ふたりのやり取りを、可笑しく、そして切なさをこめて描く「木蓮」。恋人同士が一緒に暮らしたことから出会った二匹の雌猫。彼女たちの喧嘩だ らけの日々、そして別れを綴る表題作。ほか、日だまりのように温かい「女ふたり」の六つの物語。


 初めて読む作家。これはツボに入りました。どれもこれもが思い当たる、馴染み深いような懐かしいような感情たちが詰まった短編集です。既視感があるようないくつもの場面に、自分の中の未解決な感情がゆっくり目を覚ますようでした。 涙が出るまでいかないのですが、読んでいる間中、鼻の奥を甘く突き上げるものがありました。

 どれも良かったのですが、一週間経って私の記憶にまだ留まっているのは、偶然再会した幼馴染みと旅に出る「ピンクのランドセル」、亡夫との思い出の屋敷を新進女性作家に売ることになった「灰皿」、暢気過ぎる母への娘の思い「シャワーキャップ」、そしてやっぱり一番印象に残ったのは、表題の「しずく」でした。

 「しずく」は、二匹の猫フクさんとサチさんの視点で描かれる男女の出会いと別れのお話。猫たちは、当然自分たちの置かれている現状も、飼い主たちの事情もはっきりと理解できない。それでも彼女らなりに何かは察知していて、でもどうすることもできず、それでも心配し、だけど何を心配していたのかはすぐ忘れてしまう。勝手気ままな二匹の会話や一日の様子に、猫って本当にこんな風だろうと納得してしまいます。「しずく」は、水道からポタポタと垂れるおいしい水。隣にあった温かさや柔らかさをふっと思い出しては、またすぐ忘れる猫たちの姿が胸に残ります。

 私には、「乙一」の短編集を読んで以来の電気が走る感覚かも知れません。西加奈子さんが固定ファンを持っているのが良く解ります。主人公たちは皆どこか自分と重なり、共通の感情を巧みに掬ってみせて、生身の共感を呼び起こす。あまり続けて読むと自家中毒する心配もありますが、西さんの長編もぜひ読んでみましょう。


★次回は、映画「あなたへ」です。
by cuckoo2006 | 2012-09-10 17:55 | 本(日本のもの) | Trackback | Comments(0)